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『風の旅人』 vol.44

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2008年4月 4日 (金)

第8回 中野正貴

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 中野正貴さんの東京シリーズ第3弾、「TOKYO FLOAT」が、河出書房から発行された。人が誰も写っていない「TOKYO NOBODY」、他者の部屋の窓から東京の風景を撮影した「東京窓景」に続いて、今回は、東京都内の川をひたすら下り、水上から「東京」を写しとったものだ。
 ビルが建ち並ぶ地上の現実のなかで、私たちの眼差しは狭く固定されているが、流れゆく水の上から見る東京は、妖しく流動的で、艶めかしいものがある。
 東京の地上の現実は、人間の意識が周到に計算して作りあげたものだが、水は人間の意識とは無関係に、自由気ままな表情を見せる。私たちは、ビルの建ち並ぶ「こちら側」の現実を確固たるものと考え、そのうえで様々な計画を立てて人生を設計するが、私たちの意識の及ばない水の「あちら側」の世界から見ると、私たちの「こちら側」は、はかない現象のようにしか見えてこない。でもそれがゆえに、切ない気持ちがして、愛おしいものがこみ上げてくる。
 中野さんは、前回の「東京窓景」では、東京に生きる様々な人たちの窓越しの風景のなかに現代社会をはめ込むという着想によって、私たちが日頃、自分のいる側からしか見ていない世界を、同時代を生きる他者の視点を借りるという方法で転換させた。他者の位置から風景を正視することで、目に見える範囲と奥行きが、とても広がる。そうした作用によって、そこにある風景や、風景を作りあげている人間の営みが、とても愛おしいものに感じられた。
 「TOKYO NOBODY」の場合も、都市から人が消えた瞬間を見ることで、都市の風景が自分にリアルに肉薄してくるのを感じた。それまでも都市を見ていたつもりだったが、おそらく、大勢の人が発する騒がしいまでの気配に邪魔されて、都市そのものを見ていなかったことに気づかされた。人がいない都市そのものの光景は静寂のなかにひっそりと沈んでおり、なぜだか神妙な気持ちで寄り添いたいような気持ちになる。人間がつくり出した人造世界は、自然のように自律した逞しさはなく、はかなく繊細で頼りないものだからだろう。
 中野さんは、単に目先を変えることを目的としているのでもないし、都市の造形の妙を狙うアーティストを気取っているわけでもない。
 中野さんは、デジタル処理で自分本位に加工して見え方の新しさや面白さだけを追求する冷たく頭でっかちの人間ではなく、自分の肉体を通して風景を味わいつくす。だから彼の写真には、官能がある。
 基本的に、中野さんは、8×10や、4×5の大型のフィルムカメラで、目の前にある風景と正面から向き合って撮影する。後から行う自己都合的な加工処理よりも、対象と出会った瞬間に、表現のほとんどが決定している。その鍵となっているのは、中野さんが潜在的に持っている「都市」に対する愛着だ。視点を変えた位置から撮るのも、私たち人間が常に同じ視点のなかで生きながら、知らず知らず鈍磨させていく感覚を、再び蘇らせるためなのだ。
 蘇らせるべき大事な感覚とは、生きていることに対する愛着であり、有り難みだろう。
 人間は、食べて寝て過ごすだけでは満たされることがなく、自分が生きて存在した証しを残したいという願望を抱えている。都市には、そうした人間の思いが集まっている。無数の人々の思いが歳月のなかで濃縮されてイメージとなり、都市の風景は出現した。だから、都市は切ないほど人間的なのだ。
 普段、私たちはそうしたことをあまり意識しない。なぜなら、都市の中で無数の人間や車が慌ただしく動き、その活気が、都市じたいの気配を掻き消してしまうからだ。
 中野正貴さんは、慌ただしい都市の表層の現象に目を向けず、その背後にある生々しい感覚を直に捉えることだけを大事にしている。
 一切の既成概念を排除し、ただひたすら彼が撮影した「都市」の写真を見つめる時、誰しも、都市が人間の企図とは別に、それ自体で厳粛に成り立っていることを思い知らされるだろう。
 私たちが生きる都市のどんな局面も、その局面でなければ成立しない複雑な関係性が満ちていて、同じ組合せは二度と起こり得ない。完全か不完全かという分別は人間の都合にすぎず、どの一瞬も、それぞれの瞬間のなかで唯一のものとして完成している。
  中野さんは、そのかけがえのない瞬間を切り取って見せている。彼の写真によって、私たちは、たとえ変転著しい都市であっても「今」という瞬間が厳粛な摂理の賜であり、どの一瞬も美しく完成されたものであると知ることができる。
 人間は、自分たちの力によって自分たちのために都市を作ったと信じているから、その都市が人間に管理できないものになると、激しく苛立ち、ストレスを感じ、自分の「いのち」を消耗させてしまう。しかし、都市もまた生きた現象であり、そこに「いのち」を吹き込むのが人間だとすれば、現在の人間の心の持ちようが、今後の都市風景に反映されていく。だからこそ自分の思うようにならないことがあっても塞ぎ込まず、ありのままに受け入れ、自分を立て直すことが大事になる。中野さんの写真は、都市に生きる私たちの眼差しを、そのように前向きに変える力がある。
 現代社会は価値観が錯綜とし、表現においては何でもありの様相を呈しているが、人を今以上に苛立たたせたり、世界に対して無気力に無関心に仕向けるものが溢れている。

 そのような状況のなかで、中野さんの都市写真のように、都市で生活する者の「いのち」に働きかけて息づかせる都市表現こそが、生き生きとした都市の未来に繋がっていくのだろうと私は思う。

中野正貴ホームページ→http://www.artunlimited.co.jp/nakano/gallery.html#

 中野正貴さんの写真は、風の旅人、第3号 第7号 第8号 第9号 第15号 第30号 で見ることができます。

 

2008年3月31日 (月)

第7回 本橋成一

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 本橋成一さんは、土門拳賞受賞の写真家であるとともに、国際的にも評価の高い映画監督だ。
 本橋成一さんは、1986年に起こったチェルノブイリ原発の爆発事故で被災した小さな村を舞台にした、美しい映画と、美しい写真を撮影した。
 この小さな村の畑からも森のキノコからも放射能が検出されるが、不思議なことに<泉>の水からは検出されない。汚染された土地に滾々と湧く<奇跡の水>の力によって、村人たちは生き続けている。
 本橋さんは、悲劇の舞台で生きる人間達を、静謐に美しく描きだす。その美しすぎる映像のため、人類に起こった悲劇をカムフラージュしているなどと批判する人もいるが、私はそう思わない。悲惨で残酷な状況だけに焦点をあて、人間の愚かを強調したり、政府を攻撃する表現手法の人もいるが、本橋さんは、異なる手法をとっているだけだ。そして、どちらかというと、本橋さんの手法の方が、より難しいと私は思う。
 本橋さんは、人間の愚かさもわかっているし、権力がやることの酷さもわかっている。けれど、それを暴いたり批判するだけでは一歩も前に進まないので、それに代わる未来を何とか手繰り寄せようとしている。そうした静かな意志が、本橋さんの作品には脈打っている。その意志は、祈りであり、魂と言うべきものだ。
 本橋さんは、人間の愚かさによって壊されてしまったものを強調するのではなく、壊してはいけないと痛切に感じさせる世界を描きだす。一人一人の心に、「壊したくない、壊してはいけない」と痛切に哀切に願う気持ちが生じなければ、政府を批判しても何も変わらない。けっきょく、政府を選ぶのは私たち一人一人なのだから・・・。
 破壊された物や人間の死体は、状況の悲惨さを伝え、嘆かわしい気分にさせる。しかし、その嘆かわしさが、悲惨な状況を作り出した企業や政府を攻撃することで解消されてしまうことがある。特定の誰かを批判することを繰り返しても、状況は変わっていかない。なぜなら、膨大な数の人間の生活の積み重ねの上に、エネルギーをはじめ様々な問題があり、それに付随する形で政府の政策が決定され、それに乗じようとする利権屋の思惑も混ざり、複雑で悪い状況がはびこっていくからだ。
 この地球上に起こっている大きな出来事は、一人一人だとあまり無関係ないように見えるが、それが何万、何百万、何十億と集まった時に、怪物のような力となって影響を与えている。
 一人一人の意識そのものが変わらなければ、根本的な解決には至らない。
 反戦とか反原発とか反帝国主義とか、巨大な敵がそこにあるように想定して、それらと戦う姿勢をアピールするばかりではなく、その戦う相手が自分の中に潜んでいるかもしれないと内省することも大事なのではないか。
 本橋さんの映画や写真は、そうしたことを静かに語りかけているように思う。
 本橋さんは、自分のやっていることを大きな声でアピールしたり、スローガンを唱えて煽動するのではなく、小さな声で心の扉を叩くように語りかけている。
 本橋さんの写真や映画の中に登場する実在の人物たちは、彼らにとって当たり前の日常を、当たりまえに生きているが、その当たりまえのことが実に美しい。その粛々たる振る舞いは、聖典の中の聖人を思わせる。
 人間の愚かさや罪深さを踏まえたうえで、人間を慈しみ、感動の力によって人間の未来を祈る。本橋さんの作品からは、そうした気配が漂っている。
 善悪、美醜、優劣などは、単純な尺度で線引きして決められるようなことではない。また、誰しも、生きていくかぎり様々な困難に直面するが、単純な筋書きで正しい答えを見出せるほど、世界は単純ではない。
 だから、本橋さんは、自分の価値観に見る人を引っ張り込むために安易にズームレンズを使って特定のものを強調する、という手法を撮らない。
 やむにやまれぬ思いを抱え、自分の身体と心を対象との間で行ったり来たりさせながら、大事なものを掴む為に、自分自身が足掻き続けている。
 そのように悶々とした終わりのないプロセスが、本橋さんの表現の襞と奥行きになっているように思われる。

 本橋成一さんの写真は、風の旅人 第7号 第14号第16号で紹介しています。

2008年3月12日 (水)

第6回 石元泰博

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 1921年生まれ、87歳になっても現役の孤高の写真家。最近、「シブヤ、シブヤ」という写真集が出たが、自宅から渋谷に向かう山の手線で、カメラを首からぶらさげて独りで立っている石元さんの姿を見た他の写真家が、その静かで柔らかいのだけど強いオーラが漂っている佇まいは剣術の達人のようで、得も言われぬ格好良さがあったと話してくれた。
 石元さんは、戦後、「シカゴ シカゴ」という伝説的な写真集で、海外でよく知られる存在となり、日本でも都市写真の草分けと言われたりする。
「シカゴ シカゴ」の初期写真集は、海外のコレクターにとっても垂涎の的らしく、神保町の古本屋に出ても、すぐに無くなってしまう。2年前、8万円以上の値がついていたが、今ネットで調べたら、21万円もする。「桂離宮」もまたしかりで、なかなか手に入らない。
 石元さんの写真は、日常のどこにでもあるような風景を撮っても、完璧な構図のなかに、完璧なシーンが写っている。渋谷のシリーズなどは、自分のお腹のあたりにカメラを抱えてノーファインダーで撮っているらしいのだが、撮られた写真はトリミングの必要のない完璧な構図になっている。また、偶然とは思えないほど、タイミングの良すぎる状況が写し込まれていたりする。そのあたりの話しをうかがうと、シャッターを切る直前に、撮られる「絵」が脳裏に浮かぶのだそうだ。確かに、目で見て確認してシャッターチャンスだと意識してからシャッターを押しても間に合わない。撮る前に、その「絵」がそこに現れることを察知して、無意識が待ちかまえているからこそ、間に合うのだ。
 これはイチローが、150km/hにもなるボールが止まって見えるという境地と同じようなものではないだろうか。
 石元さんが撮影した「桂離宮」や「伊勢神宮」にしても、分厚い写真集の中に納められている全ての写真が完璧なので、普通の写真家が見たら、何年も通い続けて撮影したものと思うに違いない。しかしそうではないのだ。伊勢神宮は、遷宮という20年に一度の特別な機会に新しい宮に神が移られる直前だけ撮影許可が下りるので、外宮と内宮、それぞれ三日間ずつだけだ。しかも、その貴重な撮影機会のため、テレビなどのムービーもあれば、他の写真家なども複数いる。そうした制約のなかで、石元さんは伊勢神宮を撮り、あの分厚い写真集を発行した。しかも、他の写真家は、その20年前の遷宮から取り続けているので優先順位が高く、その人たちが撮った後の残り時間だけが石元さんに与えられた。伊勢神宮の中を係の人に案内されながら、撮影ポイントごとに他の写真家が三脚の位置をあれこれ変えながら時間をかけて撮っている間、石元さんはじっと待ち続け、自分の番になったら、迷うことなく一直線に自分の”ポイント”に行き、そこで、”パシャ”とシャッターを切ってすぐに戻ってくる。その僅かな時間の”パシャ”で撮られた写真が、構図も光も、他の写真家の写真を圧倒しているのだから凄い。また、桂離宮にしても、撮影の為に借り切ったわけではない。普通に観光客が入れ替わり立ち替わり入ってくる状況のなかで撮っている。三脚を立て、ライティングをして、撮影しようとした瞬間に観光客が近づいてくると、全てを撤収して、自分たちは隠れる。三脚とか汚い恰好の写真家など、観光客は桂離宮で見たくないだろうという配慮だ。そして、観光客が行ってしまってから、準備をはじめる。もしそこにまた観光客が来たら同じことの繰り返し。よくもまあ緊張感をとぎらせることなく撮影できたものだと感心してしまう。
 つまり、石元さんのように超一流の世界は、「条件がどうのこうの」、「環境がどうのこうの」などと我ら凡人の吐く台詞とは別のところにあるものなのだ。
 環境や条件に合わせて何かを作るのではなく、「環境」すなわち「世界」を、自分が、自分の目の前に創出するだけのことだから。
 「見る。→思う(分別する)。反応する。」というのは、意識に支配された我々凡人の世界だ。
 石元さんや、おそらくイチローなどは、「(無意識のうちに世界を先取りしている)→反応する=世界が目に見える形になる→自分が思うものになる。」という感じなのだろう。

 石元さんは、40代~60代くらいの写真家と話していると、もっとも尊敬すべき現役の写真家であるが、若い世代の写真家を志す人には、あまり知られていない。
 写真家を志している人の全てが写真家になれるわけでなく、おそらく1万人に1人以下の確率だと思うが、そのハードルの高さを自覚して、写真で食べていけなくても、自分流にそこそこ写真を撮って表現活動を行って行ければいいと考える人が多いので、超一流の写真から何かを得ようという意欲も、あまり盛んではないのだろう。
 写真で食べていけるかどうかは別としても、石元さんのようなレベルの写真が撮れるようになりたい、と思う人が少なくなっている。
 それはそれで構わないのだが、石元さんの作品に限らず超一流の人の創造行為に対して、2,3流の人が、自分の次元まで引き下ろして、アレコレ分析することが多い。
 「隙が無さ過ぎる」とか、「完璧すぎて、遊びがない」などと評したり、誉める場合も、「造形的に面白い」などと、わかった口をきくのだ。
 「写真というのは・・・アートというのは・・・」と、まず偏狭な自分なりの解釈を設定し、その設定のなかで相手を分析して論じる。
 自分ではとうてい撮れない完全なものに対して、「写真の常套手段に陥っている」などと安易に片づける論調もある。そういう人は、”実験”という名の小手先の変化と凡庸な不完全を、”アート”だと勝手に思っていたりする。
 イチローなど野球の世界だと、ボールを打ち返せるかどうか結果が目に見えてわかるから、実験という名の目先を変えただけの”フォーム”のあざとさがすぐに露呈するが、”アート”には、そうした”結果”がないので、それなりに理屈をつけて、威張れてしまう。
 そして悲しいことに、”あざとい”言説をメディアは重宝する。なぜなら、世間には、ヒマラヤの峻険な未踏の壁を単独登山する人よりも、ハイキングしか知らない人が多いからだ。ハイキングしか知らない人にとっては、千メートルの岩壁を登る人間界を突き抜けてしまった孤高よりも、エベレストの頂上までロープを張った道をシェルパーに荷物を持たせて登っただけのことを上手に自己アピールする人の方が、同じ人間として理解しやすい。
 そういう「わかりやすい」層に媚びることで販売を増やそうとするメディアによって、お手軽だけど、普通よりは少し素晴らしく見える装いのものが、大きな顔で世の中に流通し、それに触れた表現者予備軍も、表現というのは、その程度のことで良いと思ってしまう。このようにして、社会からはヒマラヤの険しい岩壁から見るような見晴らしが、どんどん無くなってしまい、低いところから見る同じような見識や作品ばかりが氾濫する。
 といっても、自分はとても真似できないけれど、”人間”の限界を超えた可能性を感じるということにおいて、突き抜けたものにもすごく惹かれる部分は残っている。イチローもそうだが、芸術というものも、本来、そういうものなのだと思う。
 写真というのは機械が介在しているので、技術的な側面だけを見て職人芸として片づけられたり、技術が伴っていなくても、“目の付け所”だけを表現行為とみなす傾向がある。
 しかし、写真にも歴然と超一流という境地はあり、その境地は、凡人の分別で語れてしまうものではない。分別の付け込む隙もなく、「モノゴトはかくあるべきもの」と、存在の本質を厳然と示している。それは、イチローが、バットという道具を介在させて瞬間的に対象を捉え、それを打ち返すという単純な行為の中で、“奇跡”を人に感じさせて魅了するのに等しい。

 石元さんの写真は、「風の旅人」 第11号第20号第21号第22号 36号、43号で紹介しています。

2008年3月 1日 (土)

第5回 野町和嘉

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 これまで「風の旅人」の誌面において、日本および世界を代表する写真家の作品を数多く紹介してきたが、この雑誌を創刊する前、私は写真家のことを何も知らなかった。ただ一人、野町和嘉さんを除いて。
 10年以上も前、野町さんの「ナイル」や「サハラ」などの写真集を初めて見た時、思わず、目を剥いた。もの凄い衝撃だった。苛酷なまでの大自然のなか、赤裸々な人間の営みが鮮烈なまでの美しさで捉えられており、その映像記憶は、私の深いところに刻まれた。
 「風の旅人」を創刊する最初のきっかけとなったのは、私が深く敬愛していた小説家の日野啓三さんが、2002年10月14日に亡くなったことだった。その後すぐに、私は、私が自分のためにつくって、結果的に日野さんの遺著となった「ユーラシアの風景」という単行本を野町さんの所に持っていった。野町さんの写真は、日野さんの「砂丘が動くように」と、「どこでもないどこか」という単行本の装丁に使われていた。
 野町さんと深く話し込んでいるうちに、野町さんが私に向かって、「雑誌を作れ」と言った。「現在の出版界で、まともな雑誌がなくなっている。だからそれを作れ」と。
 出版界に素人の私はなんで雑誌なんか作らなければならないのだと思い、その時は、まともに受け止めなかったが、10日ほどして野町さんから連絡があり、「あの雑誌の件、進んでいるか?」と、聞いてきた。なんで私が作らなければならないのか、と思いながらも、野町さんはどうやら本気で、ちょうど9.11テロの影響で旅行業が不振で時間に余裕があったということもあり、とりあえず企画書を作った。その企画書に対して、方向性はいいけれど、ページ数が少ない(確か110頁くらいのものだった)とか、野町さんはアレコレ注文をつける。なんだかんだと言われているうちに、野町さんが新しく撮った東チベットの写真を中心に創刊号のテーマを「天」と決め、発売をそれから僅か数ヶ月後の4月1日と決め、野町さん以外に、「天」というテーマに添った山岳写真を撮っている水越武さんとかアンデスに通いつめている高野潤さんに声をかけた。そして執筆者に関しては、出版界のルールなどを知らない私が、匹夫の蛮勇で白川静さんをはじめ自分が尊敬する人たちばかりに声をかけ、なぜかほとんどの人に承諾をいただくという奇跡が起き、「風の旅人」は、始まってしまったのだった。  
 そのように「風の旅人」が始まったわけだから、「風の旅人」の根底のところには、野町さんの写真と呼応するものが流れている。
 野町さんの写真は、海外でとても評価が高い。2005年10月に世界中で発売された500頁にも及ぶ「地球巡礼」という写真集は、野町さんのこれまでの集大成と言えるものだった。
 この写真集は、イタリアの会社が制作し、翻訳まで行い、それを世界各国の出版社が買いとるという方式だったのだが、ヨーロッパ諸国がそれぞれ20,000部とかを買い入れて世界中で10万部以上売れたのに、日本の出版社は、写真集が売れないという理由で僅か5千部しか買い取らなかった。しかも、海外では3500円~4000円くらいなのに、日本では、5775円という高値の値付けになった。写真集としてはそれだけの価値はあるのだが、世界全体の発行数がとても多かったので、あくまでも個人的な意見だが、もう少し安い価格で流通し、野町さんの写真の魅力が、より多くの人に伝わった方がよかったと思う。
 野町さんの写真のことを語るときりがないが、この人が目を光らせて歩いてきた場所は、いわゆる秘境、辺境と呼ばれる場所ばかりであり、その被写体となったものは、あまりにも荒々しく厳しい自然世界と、その狭間で超然と生きる人間ばかりであった。
 話は変わるが、人間の子供は抵抗力が弱く、敏感で正直である。上野の美術館でベラスケスやカラヴァジョの絵を見た時、当時4歳だった私の息子は怖がって逃げた。そして、野町さんの写真集を見せても同じく「怖い」と言って目を背けてしまった。たぶん本当に美しいものは、経験が浅く抵抗力の弱い者にとっては怖いものなのだろう。
 カラヴァッジョやベラスケスの絵と比較するのもなんだが、私は、野町さんの怖い写真を家族が憩うリビングルームにインテリアとして飾りたいと思わないが、自分の部屋には置きたい。不可解で過酷な現実世界と向き合って乗り越えざるを得ない時、夜中にこっそり野町さんの写真を見ると、なぜか魂の手応えを感じ、力が湧く。人間の営みの怪しさや可笑しさが胸にしみて、感動したり、ひとりでに笑みが漏れることがある。
 そう、野町さんが撮影した人間には底深い色気がある。どんな環境であっても人間が人間の尊厳を示す際に放たれる美しさが強烈に映し出されているのだ。
 だからだろうか、野町さんの写真は、媒体を選ばない。アイドルの水着写真の横に掲載されても、ゴシップ記事の横であっても、この人の作品世界はいっさい影響を受けず、損なわれることもなく、そこだけまったく別の次元へと扉が開かれているように感じられる。
 優れた芸術作品は、人間が強く生きていく上で必要な畏るべき霊力があり、私達に生きることの魂の手応えを与えてくれる。その手応えは、今日まで不気味な世界を力強く耐えて生き続けてきて、これからもそう生きていくしかない人間の潜在意識に強く働きかける。人間の魂に負荷を与えて、魂を強くするような作用がある。だからこそ、一度見たら、脳裏に焼き付いて離れないし、何度見ても、胸が圧迫される。
 野町さんが自分の目で切り取ってきた世界は、そのように畏るべき霊力を秘めている。
 絵を違って写真は、虚像を創り出すものではなく、世界をありのままに写し取るものだから、野町さんの写真を通して私達は、現実が秘める霊的な力に圧倒されることになる。
 例えば、この冒頭に紹介した野町氏のインドの修行者たちの写真を見た人は、たとえ不快感を露わに目を背ける人であっても、この地上にこのように生きる人間の現実があることを愕然と知らされ、人間の生存の不可思議な手応えとして一生魂に刻むことになるに違いない。

 野町和嘉さんの写真は、創刊号第4号第6号第13号第14号第18号第21号で紹介されています。
 

2008年2月25日 (月)

第4回 齋藤亮一

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 前回のエントリーで書いたセバスチャン・サルガドのモノクロプリントが、極限状態のなかでさえ揺らぐことのない人間の尊厳を真正面から見つめたものであるのに対し、齋藤亮一さんのモノクロプリントは、生きている場所とか時代に関係ない、人間の普遍的な営みや姿に焦点を当てたものになっている。
 サルガドの作品が、善悪の狭間で喘ぎながら、究極において”神の審判”に委ねるキリスト教世界の最高峰の表現の一つであるのに対し、齋藤さんの作品からは、人間界の悲喜こもごもの全てを静かに受容する東洋の叡智を感じる。
 齋藤さんは、バルカン半島、ロシア、キューバなど、共産圏の国々の写真を数多く撮影している。最近では、フンザ、そしてインドの写真集を出した。
 地球上のどこに行っても、齋藤さんが撮影するのは、人々の何気ない日常だ。
 発展途上国とか共産圏とかに関係なく、どこに行っても、人間は一生懸命に働き、食べ、語らい、遊び、学び、憩う。数千年以上、人間は同じことを繰り返してきた。近年の文明社会においては、そうした人間の基本動作が見えにくくなってしまい、人間としてのアイデンティティすらも見失われがちになる。だからかどうかわからないが、齋藤さんは、そうした人間の基本動作が見えるところに向かって、旅を続ける。

 何をもって「人間の基本動作」とするかは人それぞれの判断だろうが、長い間継続してきたことというのは、それだけでも真理を反映している。今日の私たちの生活は、数年足らずの時間しか経ていない不確かなものを、あまりにも重視し過ぎているだけなのだ。
 20世紀の大半において、世界は、たかがこの数世紀以内にできた価値観に基づき、「正しい社会の在り方」を主張する二つの大きな勢力が対立していた。そして、1989年のベルリンの壁崩壊後、「共産主義」は否定され、「資本主義」こそが正しく優れているという気運が強まったが、その価値観の強要に対するイスラム原理主義などの反発によって、世界は相変わらず対立構造のなかにある。
 「資本主義」も「共産主義」も、それ以外の「正しさ」を主張する活動も、そこから少しズレているものを強引にねじふせることを正当化しようとする鈍感さと、悪意からではなく、自らの価値観への盲目的な信仰に基づいて行われるという点で共通している。
 それらの「主義」は、頭のなかだけで作りあげた「正しさ」を人生や社会の全てに結びつけようとする性向があるが、それが、この時代の大きな特徴なのだろう。
 人間は頭を使って生きているが、頭の中だけで生きているのではなく、身体を通して世界とつながって生きている。身体を動かさず頭のなかだけで物事を決めようとする人間はそのことを忘れがちだが、そうしたタイプの人間が今日の競争社会で優位に立っているので、結果として、人間の身体感覚が歪められる世界ができあがっている。
 頭の中だけで決めてしまうのではなく、時間をかけて付き合いながら、正しさとか間違いを超えた普遍的な真理に近づいていこうとする態度こそが、今もっとも必要なのだろうけれど、この世知辛い社会で、そうした心の余裕を作り出すことは難しく、頭だけで目先の分別に走り、その選択に自らが振り回されるという状況が続いている。そうした風潮は、今日的パラダイムの主流者にとって、とても都合のよいことでもある。
 齋藤さんの写真は、そのように表層的な時間の空回りのなかの悶々とした状況から別の時空に私たちを連れていってくれる。
 齋藤さんは、時代や社会がつくり出す一過性のフォーマットとは別のところに立って人間の魅力を感じ、それを写真に反映させようとしているが、そうすることによって、思想・学説・制度の影響を超えて普遍的に存在する人間の姿が浮かびあがってくる。
 どんな環境であれ、人間の営みには、それが成立していることじたいの奇跡を強く感じさせる瞬間がある。その奇跡に出会う時、人間という存在のかけがえのなさを強く意識させられるとともに、自分が信じこんでいる価値観の偏狭さに気付かされることがある。齊籐さんは、その奇跡の瞬間を見事なまでに印画紙に焼き付ける。
 齋藤さんが撮った人物たちが素敵に輝いて見えるほどに、私たちは、自分が理解している価値基準の狭さと、時と場所に関係ない人間の魅力を思い知らされる。そして、人間の幸福が、特定の主義主張に収まりきらない奥行きと幅を持つことを再認識させられる。さらに、そのように自分の価値観を強く揺さぶられることが、不安や不快ではなく、心が蘇生するような快感を伴うことに気付く。
 ”格差”を主な原因とする今日的な対立は、「優劣」や「正誤」や「善悪」など一面的な観念的価値観によって安易に解決できるものではないだろう。
 モノゴトを「簡単・便利」に切り捨てる合理的な対処ではなく、自分の目と身体で多層な世界をさまよいながら、時代や制度を超えた普遍的な人間の営みに出会い、そのかけがえのなさを知ることが何よりも大事ではないか。よりよく生きることの本質は、人間が長年繰り返してきた濃密なる日常を寸断したところにある筈がない。
 齋藤亮一さんの写真は、寡黙ながらしっかりとした口ぶりで、そのことを伝えてくるように感じられる。

◎ 齋藤亮一さんの写真は、「風の旅人」第4号第24号第29号で特集しています。         

2008年2月19日 (火)

第3回 セバスチャン・サルガド

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photo by Sebastiao Salgado

 セバスチャン・サルガドは、今日の写真家のなかで、もっとも偉大な写真家の一人として位置づけられる。
 写真作品の優劣は、見る人の好みの問題だと言う人もいるが、そういう趣味的なレベルのことではなく、長年にわたって世界の一流の写真家たちに影響を与えていることや、その活動への注目度ということにおいて、サルガドは際だった存在であることは間違いないだろう。
 以前、編集部に写真の売り込みにやってきた女性が、編集部に飾ってあるサルガドのポスターを見るなり、「最初に申し上げますが、私とサルガドは、種類の違う写真家です」と言った。
 サルガドの横には石元泰博さんのポスターがあり、他にも錚々たる写真家の写真が並んでいるので、「実力」の違いではなく、「種類」の違いだと布石を打っておきたかったのだろう。それだけ、サルガドは好きで嫌いであれ、写真家にとって、意識せざるを得ない存在であることは間違いない。
 ちなみに、その”種類”の違いを詳しく聞くと、サルガドは、様々な所に出かけていく「行動派」ドキュメントであるが、その女性は、家の周辺など「生活」密着型のドキュメントを心がけているということだった。
 つまり、大きな世界ではなく、身近なところに美を見つけるというコンセプトなのだそうだ。
 コンセプト、つまり「目の付け所」の違いが、「作品」の違いというのは、今日のテレビ文化の影響なのだろうか。
  「目の付け所」によって作られたものというのは、テレビでもそうだが、ほとんど記憶に残らない。意識の表面を擦るだけで、深いところに達しないからだろう。
 それに比べて、サルガドの写真は、一度見たら、鮮明に記憶される。そこが、一流と二流以下の違いだと私は思っている。
 サルガドの写真の中の人間達は、どんな状況にあっても、気高く、美しく存在している。たとえ奴隷的な現場で生きていても、何ものにも縛られない「精神の自由」を手に入れているように存在している。彼達は、生きる環境が困難であればあるほど、自らの運命に対する忠誠が深まるかのように、神聖な存在に生まれ変わる。
 サルガドの写真は絵画的に美しく完成されているとよく言われるが、そこに映し出されているものは、絵画的な虚構ではなく、今、私たちのすぐ傍にある人間の生き様であることを知っておかねばならない。
 彼の写真は、まるで映画の1シーンのようだなどと評されることもあるが、映画のように作り物の舞台に役者を配するのではなく、ごく普通の人間のありのままの生き様を繋ぎ合わせた写真によって、人間の生きる意味を浮かびあがらせる力こそが、見事なのだ。
 絵とか映画ならば、作り手の美学や概念に添って、劇的な物語や意味深な世界を造作することはできる。近年の写真表現においても、奇をてらった演出過剰の写真が、時代を象徴しているなどと評価されて賞を受賞したりするが、それは写真ではなく、パフォーマンスの一種と考えるべきだろう。
 私が写真の凄さを感じるのは、「虚構」ではなく、ものごとを「実写」したものによって現実認識を覆される時だ。モチーフの選択や構図や光の加減など、日常的に経験する世界の見え方の延長線のなかで表現者が視界を切りとっているだけなのに、既成概念を根本から揺さぶってくる力を帯びたものが、私にとって重要な写真となる。
 サルガドの写真というのは、好き嫌いという分別を超えて、写真の力によって実現できる世界の深遠さと、その頂きの高さを、見る者に峻烈に教える。
 サルガドの写真を通して私たちが愕然と知らされるのは、人間は、自分が置かれた状況がどんなものであれ、威厳を持って生きることは可能であり、「救済」というのは、その可能性の中に僅かに閃いているということだ。
 本当の意味で祈りというのは、天を仰いで神頼みをすることではなく、冷酷な運命に直面した状態であっても自らの魂を信じ続けることであって、その崇高な生き様こそ神の恵みであると暗示するかのように、サルガドは、写真表現を行っている。

 環境に不満を抱き、気持ちを腐らせたり、怨んだり、大義名分を振りかざして誰かを攻撃したり批判するスタンスは、自分の論理で他者を責めるという次元で同じものだが、そうすることによって、何も解決は得られない。自分の外側に状況解決を期待する論理は、自分の内側の問題を棚上げする論理でもあるからだ。
 また、打ちのめされた人間を写すことで世界の不条理を訴えるという感傷主義は、大衆煽動の常套手段であるが、サルガドは決してそのような表現手段をとらなかった。
 彼は、どんな状況でも敢然と生きる人間を写し、頑なまでに人間の尊厳を守り抜く立場を貫いている。現実批判の材料として人間を惨めな生き物のように扱うことは、サルガドの美意識が許さないのだろう。彼は、人間に深く絶望しながら、ぎりぎりのところで人間に対する希望を繋いでいる。絶望的で悲惨な状況を露呈させて社会を批判するだけの立場に立つのではなく、絶望の淵でさえ人間に対する希望を見いだし、それを表現することが、人間を救済する道であると、ひたすら説き続けているように私には感じられる。
 今から2000年前、イエス・キリストは、過酷な運命の全てを受け入れ、自分に与えられた人生を潔く生ききるために行動し、十字架を背負った。
 サルガドによって選ばれた人間達は、地上の困難と向き合う実在の人達であり、サルガドによって選ばれることで、人間の崇高さと罪深さを具現化する存在となって、新たな生命を吹き込まれた。
 イエス・キリストが中近東を歩き、人間の所業を見つめ続けたように、サルガドは、世界中の生々しい人間世界を訪れ、人間の偽りのない姿に光をあてる。
 サルガドの一貫した行動は、イエスの十字架に等しい重さで現代の「罪と救い」を視覚化する「伝道の旅」のようにも思われ、その計画の壮大さに目が眩むような思いがする。
 
 そのサルガドは、近年、GENESISというプロジェクトを続行中で、その中間時点の作品を、「風の旅人」の第13号で、20頁にもわたって紹介することができた。
 その時点で、世界的にも、フランスの「パリマッチ」で僅か4頁ほど紹介されただけと聞く。
 それまで、人間に焦点を当てて撮影を続けていたサルガドが、GENESIS(創世記)というテーマに基づき、ガラパゴス諸島や、コンゴやルワンダで、人間以外の生物を撮影したことで画期的であった。

◎サルガドの作品は、「風の旅人」の、第9号第13号で特集されている。

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photo by Sebastiao Salgado

2008年2月18日 (月)

第2回 水越武

350

 水越武さんは、写真界ではその実力が高く評価されている自然写真家で、海外でも個展がよく開かれ、根強いファンも多い。だが、日本のメディアにおいては、商業的なものに比べると極めて露出が少ないので、知らない人も大勢いるのではないだろうか。
 最近の自然写真は、カメラ性能の向上もあって、アマチュアが撮ったものでもそれなりに綺麗に写る。そして、アマチュアが露出とかシャッター速度とかを少し工夫したり、お奨めの撮影ポイントにお奨めの季節や時間に行くだけで撮れてしまう自然写真の方が参考書として販売しやすいためだろうが、その手の雑誌や単行本の方が書店でも目に付く。
 それらの写真は、山でも森でも、ぱっと見たところ派手やかな印象を与えるのだけど、暫く見ていると飽きてしまう。鮮やかな色味をとってしまうと、何も残らない写真も多い。
 本物の自然というものは、見ていて簡単に飽きるものではないのだから、すぐに飽きてしまうような自然写真は、”自然”のなかから肝腎なものを殺ぎ落としてしまっている。
 水越さんの自然写真は、巷に溢れる商業カタログのような自然写真に比べて、ぱっと見た感じは暗い。しかし、その暗さの中に、「美」が厳かに煌めいていて、何度見ても飽きない。
 水越武さんは、いつもライカの35mm一眼レフカメラで撮影する。6×7とか4×5とか、8×10といった大判のフィルムの描写力を頼りがちな自然写真家は多いが、水越さんは、一般の人にとっても馴染みの深い35mmサイズの小さなフィルムを使う。
 一般の人は、35mmフィルムの10倍近い大きさの8×10(約20センチ×約25センチ)といった大判フィルムのことを知らないことが多い。だから、8×10フィルムを使って、三脚を立ててじっくりと撮った自然写真を展覧会などで見て、「ぱっと見た感じは自分が撮った写真とそんなに変わらないのに、よく見ると、描写力がすごいわ。さすがプロの写真は違うわあ」などと感想を述べたりするが、そもそも自分が使っているフイルムとは違うということを認知していないことが多い。
 大判カメラを使いこなす技量は必要だが、それを巧みに使いこなして描写力の優れた綺麗な作品をつくることと、芸術家として凄みのある作品を創造することは、まったく次元の異なることだ。そういうことを理屈で言っても何の説得力もないが、水越さんの写真を見れば、その違いが歴然とわかる。
 水越さんが撮った小さな35mmポジは、迂闊に取り扱うと、「美」がスルリと逃げてしまう。こちらも相当にテンションをあげて向き合わなければならない。まさに真剣勝負。ライトボックスの上で拡大レンズで覗き込み、息を詰め、目力を最大限に高めて、細部を掬い取ることが大事だ。小さなポジフィルムの細部に「神」は宿っている。写真家は、その細部を見落としていない。細部の「神」と「神」は響き合って、大きな力になる。写真家が掬い上げた細部の「神」を、編集者である私が見落としてしまうと、元も子もない。
 水越さんの写真は、35mmサイズという小さなフレームのなかに美が凝縮しており、それを選び、誌面のうえで目一杯に広げることで、美が解き放たれるのだ。
 だから、フィルムを選ぶ時は、もの凄く疲れる。私が写真を見て、「へとへとに疲れた」と言うと、水越さんは、微笑みながら「見る方も、見られる方も疲れるんです」と言う。
 水越さんの自然写真は、私たちが頭のなかで自己都合的に作りあげている安易な自然イメージを根底から覆す力がある。「綺麗」とかそうでないとかの分別を差し挟む余地はなく、「共感」などという肥大化した自我を安心させるようなことでもなく、一瞬にして何ものかに貫かれたり、引きこまれたりする感じだ。本当の美との出会いは、たぶんそのように「意識」が無力化される。
 本物の「美」は、まさに自分にとって画期的な「ものの見方」を与えてくれる。見るべき人、すなわち、そうした心の備えができている人が見れば、きっと、世界の見え方が変わる。美に対して心の備えができておらず、実益とか実用で頭がいっぱいの人にとっては、どこにもハウツーの示されていない水越さんの写真は、まるで役に立たないものとして片づけられるかもしれない。
 それでも、どんな人でも処世的な分別がまったくない無心の状態の時に水越さんの写真に不意打ちされれば、何かしらの気づきを与えられる可能性がある。役に立つか立たないかではなく、綺麗かどうかということももはやどうでもよくなり、何か凄いものに触れたという感覚だけが、身体の深いところに残るような気がする。
 そのうえで問われるのは、この世知辛い世の中で、そのように美に貫かれた感覚を大事にしていけるか、それとも、その清涼な感覚の上に狡っ辛い意識で蓋をして生きていくかの違いだけなのかもしれない。

(風の旅人 創刊号 第6号 第13号 第18号 第19号 第28号 第32号 で紹介しています。)

  風の旅人バックナンバー紹介→ http://www.kazetabi.com/bn/

2008年2月15日 (金)

第1回 八木 清

(1968年生まれ 長野県出身)

 八木清は、8×10インチの大型カメラで撮影したネガを、プラチナ・パラジウムプリントで密着焼きした作品づくりに、こだわってきた。
 「このプリントは、通常用いられる銀塩とは異なり、その名の通りプラチナとパラジウムで画像が形成されています。プラチナとパラジウムは非常に安定した物質であるために長期保管に優れ、また、銀とは異なる独特な風合いが特徴です。」(八木清談)

 そのプラチナプリントは、編集室の蛍光灯の下で見ると、通常のプリントに比べて色が沈むので、くすみがちに見える。独特の風合いはあるものの、その風合いに負けてしまって、ディティールのきめ細かさが生きてこない。その独特の感覚を印刷で再現することは甚だ難しいが、「風の旅人」では、奇跡的なクオリティに仕上がった。

 むしろ、「風の旅人」での印刷の方が、紙質の風合いがなくなるゆえに、その反作用としてディティールが生きてきて、オリジナルプリントのくすみがちな印象が消えて、ぱっと見たところは、印刷の方がいいのではないかと思ったくらいだ。
 しかし、彼の写真展で実際にプラチナプリントを見ると、その素晴らしさが最大限に発揮されて伝わってくる。
 通常のプリントでも額装し、ライティングして展示するのだが、ほとんどのケースにおいて、光沢が気になる。裸で直に見た方がよかったということが多い。
 それに比べて、八木さんのプラチナプリントは、元々、プリント紙に反射性がまったくないので、ライティングをしても変な具合に照らない。写真に当てられた光は、写真のディティールだけを鮮明に浮かびあがらせる。写真作品に光が注がれることで、8×10の超大型フィルムで撮影した特長が最大限に引き出されるのだ。
 もともと、彼が写した人物や自然風景や道具などは素晴らしかった。だからこそ、「風の旅人」で三度も掲載した。彼の写真は、私がもっとも好きな類の写真の一つだ。あれらの写真が大型本の写真集で発表されると、かなり凄いだろう。
 もしも彼の作品が、杉本博司氏が行うように、8×10のネガから巨大に引き伸ばされたプリント作品として展示されれば、圧倒的な迫力となることは間違いない。
 しかし、その種のアート業界のセンセーショナルな仕掛けとは別に、本当に良いモノは、たとえば自分の部屋の自分の机の前に飾っていて、毎日見ても飽きず、いろいろ発見があり、しみじみと良いなあと思えるものだろう。
 私は、実際に彼のプラチナ作品を自分の家のくつろぎの場に飾っているが、いつ見ても、しみじみと良いなあと思い、何度見ても、飽きることがない。
 八木清という人は、昔気質の職人のような男だ。無骨で不器用である。
 そんな彼の作品を見ると、私は、千利休が残した「和敬清寂」という言葉をイメージする。

 和‥世界を構成する要素が互いに響き合って、それぞれの持ち分を引き出すこと。
 敬‥敬虔、尊敬、モノゴトに対する畏れ多さ。
 清‥清々しさ。
 寂‥寂静の思い。高い見識に裏打ちされた、虚飾のない明白な表現。

 芸術のための芸術ではない。鑑賞を目的とすることがあっても、それは派生的なものにすぎない。素材の性質を知り尽くし、表現の対象を知り尽くし、それを最大限に生かすことを考え、人為で作るというおこがましさを意識し、自らの至らなさで、そのものを損なってはいけないと畏まりながら、誠実につくること。
 そうした職人魂から生まれてくる美しさは、鑑賞用のものというより、我々の営みに根ざしたところから感じる美しさである。そういうものこそ、今日の社会に必要な本物だと思う。
 八木清のプラチナプリントは、そうした数少ない本物の輝きがある。


『風の旅人』 第3号第4号第14号 で掲載しています