第8回 中野正貴
中野正貴さんの東京シリーズ第3弾、「TOKYO FLOAT」が、河出書房から発行された。人が誰も写っていない「TOKYO NOBODY」、他者の部屋の窓から東京の風景を撮影した「東京窓景」に続いて、今回は、東京都内の川をひたすら下り、水上から「東京」を写しとったものだ。
ビルが建ち並ぶ地上の現実のなかで、私たちの眼差しは狭く固定されているが、流れゆく水の上から見る東京は、妖しく流動的で、艶めかしいものがある。
東京の地上の現実は、人間の意識が周到に計算して作りあげたものだが、水は人間の意識とは無関係に、自由気ままな表情を見せる。私たちは、ビルの建ち並ぶ「こちら側」の現実を確固たるものと考え、そのうえで様々な計画を立てて人生を設計するが、私たちの意識の及ばない水の「あちら側」の世界から見ると、私たちの「こちら側」は、はかない現象のようにしか見えてこない。でもそれがゆえに、切ない気持ちがして、愛おしいものがこみ上げてくる。
中野さんは、前回の「東京窓景」では、東京に生きる様々な人たちの窓越しの風景のなかに現代社会をはめ込むという着想によって、私たちが日頃、自分のいる側からしか見ていない世界を、同時代を生きる他者の視点を借りるという方法で転換させた。他者の位置から風景を正視することで、目に見える範囲と奥行きが、とても広がる。そうした作用によって、そこにある風景や、風景を作りあげている人間の営みが、とても愛おしいものに感じられた。
「TOKYO NOBODY」の場合も、都市から人が消えた瞬間を見ることで、都市の風景が自分にリアルに肉薄してくるのを感じた。それまでも都市を見ていたつもりだったが、おそらく、大勢の人が発する騒がしいまでの気配に邪魔されて、都市そのものを見ていなかったことに気づかされた。人がいない都市そのものの光景は静寂のなかにひっそりと沈んでおり、なぜだか神妙な気持ちで寄り添いたいような気持ちになる。人間がつくり出した人造世界は、自然のように自律した逞しさはなく、はかなく繊細で頼りないものだからだろう。
中野さんは、単に目先を変えることを目的としているのでもないし、都市の造形の妙を狙うアーティストを気取っているわけでもない。
中野さんは、デジタル処理で自分本位に加工して見え方の新しさや面白さだけを追求する冷たく頭でっかちの人間ではなく、自分の肉体を通して風景を味わいつくす。だから彼の写真には、官能がある。
基本的に、中野さんは、8×10や、4×5の大型のフィルムカメラで、目の前にある風景と正面から向き合って撮影する。後から行う自己都合的な加工処理よりも、対象と出会った瞬間に、表現のほとんどが決定している。その鍵となっているのは、中野さんが潜在的に持っている「都市」に対する愛着だ。視点を変えた位置から撮るのも、私たち人間が常に同じ視点のなかで生きながら、知らず知らず鈍磨させていく感覚を、再び蘇らせるためなのだ。
蘇らせるべき大事な感覚とは、生きていることに対する愛着であり、有り難みだろう。
人間は、食べて寝て過ごすだけでは満たされることがなく、自分が生きて存在した証しを残したいという願望を抱えている。都市には、そうした人間の思いが集まっている。無数の人々の思いが歳月のなかで濃縮されてイメージとなり、都市の風景は出現した。だから、都市は切ないほど人間的なのだ。
普段、私たちはそうしたことをあまり意識しない。なぜなら、都市の中で無数の人間や車が慌ただしく動き、その活気が、都市じたいの気配を掻き消してしまうからだ。
中野正貴さんは、慌ただしい都市の表層の現象に目を向けず、その背後にある生々しい感覚を直に捉えることだけを大事にしている。
一切の既成概念を排除し、ただひたすら彼が撮影した「都市」の写真を見つめる時、誰しも、都市が人間の企図とは別に、それ自体で厳粛に成り立っていることを思い知らされるだろう。
私たちが生きる都市のどんな局面も、その局面でなければ成立しない複雑な関係性が満ちていて、同じ組合せは二度と起こり得ない。完全か不完全かという分別は人間の都合にすぎず、どの一瞬も、それぞれの瞬間のなかで唯一のものとして完成している。
中野さんは、そのかけがえのない瞬間を切り取って見せている。彼の写真によって、私たちは、たとえ変転著しい都市であっても「今」という瞬間が厳粛な摂理の賜であり、どの一瞬も美しく完成されたものであると知ることができる。
人間は、自分たちの力によって自分たちのために都市を作ったと信じているから、その都市が人間に管理できないものになると、激しく苛立ち、ストレスを感じ、自分の「いのち」を消耗させてしまう。しかし、都市もまた生きた現象であり、そこに「いのち」を吹き込むのが人間だとすれば、現在の人間の心の持ちようが、今後の都市風景に反映されていく。だからこそ自分の思うようにならないことがあっても塞ぎ込まず、ありのままに受け入れ、自分を立て直すことが大事になる。中野さんの写真は、都市に生きる私たちの眼差しを、そのように前向きに変える力がある。
現代社会は価値観が錯綜とし、表現においては何でもありの様相を呈しているが、人を今以上に苛立たたせたり、世界に対して無気力に無関心に仕向けるものが溢れている。
そのような状況のなかで、中野さんの都市写真のように、都市で生活する者の「いのち」に働きかけて息づかせる都市表現こそが、生き生きとした都市の未来に繋がっていくのだろうと私は思う。
中野正貴ホームページ→http://www.artunlimited.co.jp/nakano/gallery.html#
中野正貴さんの写真は、風の旅人、第3号 第7号 第8号 第9号 第15号 第30号 で見ることができます。





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