第5回 野町和嘉
これまで「風の旅人」の誌面において、日本および世界を代表する写真家の作品を数多く紹介してきたが、この雑誌を創刊する前、私は写真家のことを何も知らなかった。ただ一人、野町和嘉さんを除いて。
10年以上も前、野町さんの「ナイル」や「サハラ」などの写真集を初めて見た時、思わず、目を剥いた。もの凄い衝撃だった。苛酷なまでの大自然のなか、赤裸々な人間の営みが鮮烈なまでの美しさで捉えられており、その映像記憶は、私の深いところに刻まれた。
「風の旅人」を創刊する最初のきっかけとなったのは、私が深く敬愛していた小説家の日野啓三さんが、2002年10月14日に亡くなったことだった。その後すぐに、私は、私が自分のためにつくって、結果的に日野さんの遺著となった「ユーラシアの風景」という単行本を野町さんの所に持っていった。野町さんの写真は、日野さんの「砂丘が動くように」と、「どこでもないどこか」という単行本の装丁に使われていた。
野町さんと深く話し込んでいるうちに、野町さんが私に向かって、「雑誌を作れ」と言った。「現在の出版界で、まともな雑誌がなくなっている。だからそれを作れ」と。
出版界に素人の私はなんで雑誌なんか作らなければならないのだと思い、その時は、まともに受け止めなかったが、10日ほどして野町さんから連絡があり、「あの雑誌の件、進んでいるか?」と、聞いてきた。なんで私が作らなければならないのか、と思いながらも、野町さんはどうやら本気で、ちょうど9.11テロの影響で旅行業が不振で時間に余裕があったということもあり、とりあえず企画書を作った。その企画書に対して、方向性はいいけれど、ページ数が少ない(確か110頁くらいのものだった)とか、野町さんはアレコレ注文をつける。なんだかんだと言われているうちに、野町さんが新しく撮った東チベットの写真を中心に創刊号のテーマを「天」と決め、発売をそれから僅か数ヶ月後の4月1日と決め、野町さん以外に、「天」というテーマに添った山岳写真を撮っている水越武さんとかアンデスに通いつめている高野潤さんに声をかけた。そして執筆者に関しては、出版界のルールなどを知らない私が、匹夫の蛮勇で白川静さんをはじめ自分が尊敬する人たちばかりに声をかけ、なぜかほとんどの人に承諾をいただくという奇跡が起き、「風の旅人」は、始まってしまったのだった。
そのように「風の旅人」が始まったわけだから、「風の旅人」の根底のところには、野町さんの写真と呼応するものが流れている。
野町さんの写真は、海外でとても評価が高い。2005年10月に世界中で発売された500頁にも及ぶ「地球巡礼」という写真集は、野町さんのこれまでの集大成と言えるものだった。
この写真集は、イタリアの会社が制作し、翻訳まで行い、それを世界各国の出版社が買いとるという方式だったのだが、ヨーロッパ諸国がそれぞれ20,000部とかを買い入れて世界中で10万部以上売れたのに、日本の出版社は、写真集が売れないという理由で僅か5千部しか買い取らなかった。しかも、海外では3500円~4000円くらいなのに、日本では、5775円という高値の値付けになった。写真集としてはそれだけの価値はあるのだが、世界全体の発行数がとても多かったので、あくまでも個人的な意見だが、もう少し安い価格で流通し、野町さんの写真の魅力が、より多くの人に伝わった方がよかったと思う。
野町さんの写真のことを語るときりがないが、この人が目を光らせて歩いてきた場所は、いわゆる秘境、辺境と呼ばれる場所ばかりであり、その被写体となったものは、あまりにも荒々しく厳しい自然世界と、その狭間で超然と生きる人間ばかりであった。
話は変わるが、人間の子供は抵抗力が弱く、敏感で正直である。上野の美術館でベラスケスやカラヴァジョの絵を見た時、当時4歳だった私の息子は怖がって逃げた。そして、野町さんの写真集を見せても同じく「怖い」と言って目を背けてしまった。たぶん本当に美しいものは、経験が浅く抵抗力の弱い者にとっては怖いものなのだろう。
カラヴァッジョやベラスケスの絵と比較するのもなんだが、私は、野町さんの怖い写真を家族が憩うリビングルームにインテリアとして飾りたいと思わないが、自分の部屋には置きたい。不可解で過酷な現実世界と向き合って乗り越えざるを得ない時、夜中にこっそり野町さんの写真を見ると、なぜか魂の手応えを感じ、力が湧く。人間の営みの怪しさや可笑しさが胸にしみて、感動したり、ひとりでに笑みが漏れることがある。
そう、野町さんが撮影した人間には底深い色気がある。どんな環境であっても人間が人間の尊厳を示す際に放たれる美しさが強烈に映し出されているのだ。
だからだろうか、野町さんの写真は、媒体を選ばない。アイドルの水着写真の横に掲載されても、ゴシップ記事の横であっても、この人の作品世界はいっさい影響を受けず、損なわれることもなく、そこだけまったく別の次元へと扉が開かれているように感じられる。
優れた芸術作品は、人間が強く生きていく上で必要な畏るべき霊力があり、私達に生きることの魂の手応えを与えてくれる。その手応えは、今日まで不気味な世界を力強く耐えて生き続けてきて、これからもそう生きていくしかない人間の潜在意識に強く働きかける。人間の魂に負荷を与えて、魂を強くするような作用がある。だからこそ、一度見たら、脳裏に焼き付いて離れないし、何度見ても、胸が圧迫される。
野町さんが自分の目で切り取ってきた世界は、そのように畏るべき霊力を秘めている。
絵を違って写真は、虚像を創り出すものではなく、世界をありのままに写し取るものだから、野町さんの写真を通して私達は、現実が秘める霊的な力に圧倒されることになる。
例えば、この冒頭に紹介した野町氏のインドの修行者たちの写真を見た人は、たとえ不快感を露わに目を背ける人であっても、この地上にこのように生きる人間の現実があることを愕然と知らされ、人間の生存の不可思議な手応えとして一生魂に刻むことになるに違いない。


友人の脳動脈瘤のクリッピング手術成功のお祝いとして「風の旅人」1年分を送ろうと思い、このページにたどり着きました。
(数日中に申込をいたします)
そして、私の手元にも野町和嘉さんの「地球巡礼」(新潮社)の分厚い、しかしとっても見応えのある写真集があります。
私は時々この写真集をしみじみと眺め、地球の彼方で暮らす人々の祈りの荘厳さや、未開の地に暮らす人々の原始のたくましい姿に人間の生命の力強さを想い勇気づけられています。
投稿: むらさき | 2008年3月 6日 (木) 22:07