翻訳文芸専門WEBジャーナル ~ Asymptote
ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい。
「Asymptote(アシンプトー)」第3号に寄せられた玄侑宗久氏のエッセイ、「正当にこわがることは可能か?」は、1932年の浅間山噴火について述べた寺田寅彦の上記の言葉の引用で始まる。「いま福島から世界へ」という編集部からの提題に応え玄侑氏は、正当にこわがるとは?という現代の公案ともいうべき問いを軸に、福島を中心とした原発事故後の国内の様子を詳述しながら現代社会の根本的課題に慎重な筆致で深く切り込んだ。
「正当にこわがること」を阻むものとして指摘された、判断材料そのものの偏りや不足、そして部分的材料に対する恣意的解釈や固執といった私たち自身の偏狭さは、読む者に『六度集経』の「群盲評象」の話を想い起こさせる。奇しくも台湾の林耀德は、「Asymptote」同号に所収の随筆「Hotel」の中で次のように言う。
Don't close your eyes and use the elephant's tail to understand the elephant.
(目を閉じて尻尾だけをつかまえて象を知ろうとしてはならない。)
盲目的に捉えた一部分から全体を知ることはできず、また全体を知ること(そして「正当に」対峙すること)がそも可能かという問いは、対象が何であれ常に私たちにつきまとう。こたえは「否」かもしれない。しかし、可否をまず立ち止まって問い、その難しさを自覚すること、そしてそれでも正当に対峙できる範囲の相手と正当に向き合うよう最大限努めることは、少なくとも「可」ではないか?――「Asymptote」は言語と言語表現に焦点を絞って、この問いと回答のプロセスを世界中の作家・読者と共有すべく、2011年1月に翻訳文芸専門のWEBジャーナルとして産声を上げた。
「Asymptote」は、シンガポール人作家・李耀龍を発起人に、アメリカ、イギリス、インド、日本、オランダから集まった(と言っても一度も全員で顔を合わせたことのない)編集者によって編まれている。会議場はSkypeとGmail、そして共通語は現代の世界語であり本誌の基本言語でもある英語。居住地も母国語も違える編集者がそれぞれの得意分野を持ち寄り、これまでに30以上の言語によって書かれた100作以上の一流の文芸作品を、原国語と英語翻訳で(作品により原文の朗読録音と他国語への二重翻訳を加えて)WEB誌上に紹介してきた。
李耀龍は言う。「文芸作品は翻訳されることで言語間の壁を越え、異なる思考体系を持つ文化圏同士を繋ぐ架け橋の役割を果たす」。非営利である当ジャーナルの運営はひとえに、この翻訳の重要性と役割を痛感する編集者各人の思いと、賛同作家・読者からの支援によって支えられている。
ノーベル文学賞受賞作家のジョゼ・サラマーゴ、イムレ・ケルテスを筆頭に、世界的に評価の高い作家の作品を多く掲載する一方で、本誌では未翻訳の作品の開拓にも力を入れている。掲載、執筆を依頼する作家を選ぶ際の最初にして最大の基準は、編集者、翻訳者が「一人でも多くの人に読んで欲しい、読まれるべき」とおもう同時代作品であること。そして全作品を一度共通言語に翻訳してWEB会議にかけ、異人種の編集者同士を納得させることができれば掲載に至る。
本誌が第一の翻訳先言語に現代のリンガフランカである英語を選んだのは、いわば当然の選択だった。英語に翻訳された作品は原語文化圏の文化大使になる。このことを念頭に置いた上で、日本からはこれまでに、藤原正彦「数学と文学」、吉増剛造「裸のメモ」、岡田利規則「エンジョイ」(以上第1号所収)、玄侑宗久「正当にこわがることは可能か?」、中島義道「死んだら困る」(以上第3号)等の作品を紹介し、第2号では版画家・根岸一成の作品が表紙と挿絵を飾った。
世界有数の出版・翻訳文化を誇る日本だが、書かれる作品の質量に対する輸出(正規の翻訳)の割合が低く、日本語のみでの発表に留まってしまっている作品が国内にはまだまだ多い。「Asymptote」に紹介することで掲載作家が一人でも多くの目にとまり、諸氏の出版作品がより広く読まれる契機になれば、と、各国からの編集者、翻訳者、推薦者、そして作家誰もが、同じ想いを抱いて「Asymptote」の翻訳出版に携わっている。
WEB上に文芸のHUB空港を作ること、そして編集者全員が恩恵に与ってきた各国の出版文化に間接的に還元、寄与すること。「Asymptote」創刊の二大趣意は、号を重ねるごとに実現の度を増している。
翻訳文芸専門WEBジャーナル「Asymptote」 http://asymptotejournal.com
(参照:玄侑宗久「正当にこわがることは可能か?」 http://bit.ly/n8NuA2
:中島義道「死んだら困る」 http://bit.ly/r1CMbC)
連絡先:asymptote.journal.japan@gmail.com (日本語対応・岡本宛)














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