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『風の旅人』 vol.44

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2009年9月28日 (月)

”今日性”を潔く脱ぎ捨てていく新鮮さ

 「風の旅人」第38号(2009 10/1発行)に、写真を撮り始めて一年にすぎないヨハン・オーカタ(1986年生まれ)という若者の写真を12ページにわたって掲載している。 

 彼の写真特集の前後には、森永純や、久保田博二といった戦後日本の写真史に燦然と足跡を残す写真家の作品が続いているが、ヨハンの写真からは、経験や技術の差を乗越える力が伝わってくる。その力は、一言で言うと対象との呼応力とでも言うべきものだ。

 写真表現というものは、対象との関係性を軸にしているため、対象とどう関わっていくかが表現の生命線になる。新人のヨハンの写真が熟練者に拮抗できるのは、彼ならではの対象との関わり方があるからだ。

 ヨハンは、対象と向き合う時、世間の標準的な価値観や偏見を、すっかり殺ぎ落としている。

 “感じるまま表現する”と言うのは簡単だが、世間的な枠組みから自由になれる人間は限られている。だから、自分らしさを強調する表現者でも、他人との比較や世間の評価に囚われている人は多い。

 ヨハンは、写真家になろうと決心する以前、その種の足枷を取り除くことに多くの時間を費やし、苦しんできた。

 表現を志す者にとって最も大事で困難なことは、技術の鍛錬以上に、知らず知らず自分に染みついている世間の標準的価値観を脱ぎ捨てることであり、それをできずして、表現によって新たな視点をもたらすことはできない。

 ヨハンの写真表現の新鮮さは、メディアが伝える“今日性”を潔く脱ぎ捨てていることだ。その潔さが、彼の写真に、“軽やかなる土着性”という新たな感受性を吹き込んでいる。

 和歌山で生まれ育った彼は、上京して都会で暮らしている時、自らの強い自意識によって心の病に陥ってしまったが、写真とともに生まれ故郷と出会い直すことで、自意識の狭い世界の外に少しずつ足を踏み出して行った。

 彼にとって和歌山の記憶は身体の一部であり、日頃は意識できない。その和歌山と出会い直すことは、自分の広大な無意識の領域と出会い直すことであり、それは自分でも気付かなかった自分自身を確認していく喜びでもある。

 それゆえ、彼の写真は、和歌山の土地に深く入り込むほど、シリアスだけど、どこか晴れやかなものになり、世界を受け入れるような気持ちになる。

 自分が生まれ育った土地を、先入観のない真新しい目で見つめ続けるヨハンのスタンスに、私は、自己主張や自己顕示欲の渦のなかで澱んでいるアート業界とまったく別のベクトルを持った表現が立ち上がる可能性を感じる。

 ネガティブな気分が蔓延する現代社会において、新しい才能に期待す ることは唯一つ。一般化された世相を小手先でなぞったり意味深に象徴化したり、皮肉ったり儚んだりするのではなく、私達が還るべき場所を虚心の目で真っ直 ぐに指し示すこと。ヨハンの写真は、それが決して不可能でないことを、さりげなく伝えている。

2009年4月12日 (日)

写真は人に帰する

 戦後の偉大なる写真家、石元泰博さんは、「ツキのない写真家はダメだ」と言う。戦前の偉大なる写真家、安井仲治は、「写真は単純なものだから技術でごまかせず、人間に帰するものだ」と言う。
 二人の言葉は違うことを指しているようであるけれど、私の中で、一つに統合されている。
 けっきょく、写真は、「世界(他者)との出会い方」の、ごまかしようのない反映なのだ。
 その人の、世界(他者)との出会い方が、写真に明確に現れてしまう。ツキというのは単なる偶然ではなく、その人のなかに準備されているものの強度の外形化である。物事は必ず前後とつながっており、準備ができている人は、出会いに対する集中が強く、出会いの兆しを逃さない。
 また、そういう写真家は、自己を中心に物事が作られるのではなく、相手との関係性のなかで物事が生まれることがわかっている。だから、人との出会い方や関わり方を大事にする。

2009年2月 1日 (日)

第16回 森永純写真展 「瞬〜揺」を見て

 森永純さんの写真展が、新宿の「エプサイト」で開催されている。会期は、3月1日まで。
 森永さんの写真は、「風の旅人」34号(10月1日発行)でドブ河の写真、35号(12月1日発行)で波の写真を続けて紹介した。森永さんは、これまで主にアメリカで展覧会を開催し、メディアが好む“話題性”と遠いところで活動してきたうえ、評論家の安易な言葉でとらえにくい作家なので、写真家を志している若い人でも知らない人が多い。この機会に、是非とも森永さんのプリントを見ていただきたい。
 森永さんのプリントは、私がこれまで見た写真家のなかで、もっとも美しいものだ。その被写体は、ドブ河であれ、波であれ、誰でもトライできるものであるけれど、森永さんが作り出している世界を真似することは簡単なことではない。
 森永さんの写真を最初に高く評価したのは、ユージン・スミスで、彼は、水俣の写真を撮る際に、森永さんのドブ河に影響を受けたのではないかと思われるような作品を残している。しかし、その美しさと凄みにおいて、森永さんの写真を超えることはできていない。
 森永さんの写真の凄さは、私たちが自分のなかに既成概念として準備している物の見方、価値観を、完全に無化してしまう力にある。汚いとか綺麗という分別は、私たちの自意識の制御のなかで発生しているが、彼の写真は、その狭い枠組みの外にある世界の豊かさと、ダイレクトに交信してしまう不思議な力があるのだ。
 今回、森永さんの写真展のバックに流れているのは、ブライアン・イーノの「Thursday afternoon」だ。この音楽と写真の組み合わせは、ちょっと“危険”なところがある。私たちが、日常あまり使わない脳の領域に働きかけ、“こちら側”から、“あちら側”へと、妖しく誘っている。もはや、ドブ河でも、波でもなく、世界の実相そのものが、そこに顕われている。
 森永さんは、誠実で、静かで落ち着いた話し方をする人で、私は彼と過ごす時間がとても心地よいのだが、ご本人が真面目に話せば話すほど、凡人ではありえない奇妙さが浮かび上がってくる。
 私が「風の旅人」の第34号のドブ河の写真を編集している時、彼が30年以上撮り続けている秘蔵の波の写真を見せて欲しいと頼むと、最初は、まだ未完成だから見せたくないと言った。それでも会うたびにしつこく依頼すると、「波を表現するのに、あと5枚ほど足らない」から中途半端なので、「見ても仕方がない」と言うのだ。
 それでもなんとか見せてもらったのだが、未完成どころか、一枚一枚の完成度がおそろしく高く、それらの写真が響き合って、深遠な世界が醸し出されていた。森永さんにとっては未完成かもしれないけれど、私は、「風の旅人」の誌面で、それらの写真の力を損なうことなく編集できると確信したので、そのことを彼に伝え、掲載を了解してもらった。
 最近、そこまで徹底的に世界そのものに向き合おうとする写真家が本当に少なくなった。物事にちょっと関わっただけで、中途半端な写真を見てくれと編集部に持ち込んだり、「自分の写真を見ればわかるだろう」という傲慢なスタンスでブックを送りつけてくる若い人が多い。焦る気持ちもわからないではないが、中途半端なスタンスで向き合って取り繕っても、けっきょく何にも掴めやしない。だから私は、写真家の売り込みに関しては、まず手紙を書き送って欲しいと言う。会うか会わないかを決める鍵は、手紙から伝わってくるその人のスタンスそのものなのだ。私が出会いたいのは、上手い写真や文章ではなく、その人自身の”文脈”がしっかりと感じられる世界なのだ。
 小手先のテクニックと中途半端な情報知識(その多くがメディアや知識人が都合良く処理したものを借りたもので、その人自身から個別に生じるものではない)で武装して自分を主張すればするほど、自分の土地が痩せていくばかりで、文脈も育たない。
 当たり前のことであるが、表現において大事なことは、「自分の主張」ではなく、対象が秘めた素晴らしさを、どれだけ引き出せるかだ。自分でこれで良しと簡単に思えてしまえるのは、対象をきちんと見ていないからだ。もしくは、簡単にケリをつけられるように対象を都合良く処理しているからなのだ。
 誰もが既成概念としてつくりあげているイメージをなぞったような写真や文章は、巷に腐るほどある。「ドブ河」は美しいというイメージをもたれていないから森永さんのようにトライする人はいないが、波に関しては、既に知っている「波」の美しさをさらに反復する表現が多い。そうした表現は「癒し」効果があるとかの理由でよく売れたりするが、私たちの物の見方を、意識の狭い枠組みのなかに固定させるばかりだ。
 森永さんの写真は、私たちの視点そのものを変え、意識を変えてしまう力がある。視点が変わり、意識が変わることは、自分が生まれ変わり、世界そのものが変わることだ。
 「自己表現」が溢れかえり、“なんでもあり”、が“人それぞれの価値観”などと正当化される今日の状況のなかで、「表現」の本分がどこにあるかを、森永さんの写真が、そこはかとなく、ゆらゆらと示している。

 ただ、今回の展覧会に関して、私としては、ドブ河の写真のセレクションで、もう少し、えぐいものを出して欲しかったと思う。

 全体として、比較的上品なものが揃えられていて、私が「風の旅人」でセレクションした、生き物とか、ゴミとか、人形とか、微生物の痕跡などが外されていた。

 そういう写真も入ってくると、醜悪の分別を超えた別次元の世界が開示されるのだけれど、一般受けしないという判断が働いたのか、ドブ河、波、水滴と、「水」というカテゴリーでくくってしまったのか、無難な線でまとめられているという印象を受けた。

 ユージンスミスが原爆を連想し、衝撃を受けたもののは、おそらく、今回外された写真のなかに潜んでいたのだではないかと、かってながら想像する。

2008年12月12日 (金)

第15回 フェルメールの目と、写真の現在

 上野で開催されているフェルメール展が、今週で終わる。もう一度、フェルメールの絵とじっくり向き合いたいが、おそらく大混雑だろう。
 フェルメールの絵の前に立ったまま金縛りにあったように動かない人が大勢いるので、混雑がいっそうひどくなる。それだけ引きつける力が強い絵であることは間違いないのだが。
 フェルメールの絵は隅々まで美しい。どの部分も疎かになっていない。絵のなかに描かれている物は、カーテンの裏地も、机の上の小さな壺も、壁に飾られた地図も、床に落ちたゴミ屑でさえ、登場人物を引き立てる脇役ではない。ある物は重厚に、ある物はひそやかで気品に満ちた存在感を放っている。だから、絵のなかの各部分に目を動かすと、その部分の小宇宙に引きこまれる。どの部分に目をやってもそうなってしまうから、絵の前から離れがたくなる。
 一枚の絵の中には、大きく描かれる物も小さく描かれる物もあるが、フェルメールの絵は、おしなべて”等価”だという感覚が、ひしひしと伝わってくる。それらの諸物の存在感を引き出しているのが、画面に満ちわたる光だ。大小関係なく、光に生命を吹き込まれることによって、それぞれの物が神聖な息づかいで浮かびあがってくる。
 キャンバスのなかには、日用品、食料品、当時の社会状況を示すもの、意識の広がりを象徴するかのような世界地図や天文儀等が克明に描かれているが、そのほとんどが人間の作り出した物だ。フェルメールの絵は、人間と人間、そして人間と人間が作り出した事物が構成していく現実世界が描かれ、光のドラマチックな作用によって、個々と全体が緊密につながっていく連関が、超然たる輝きをもって伝えられる。世の全ての物事を等しく照らし出す神の恩寵のような光は、必ず左手側から差し込んでいるのだが、一体何故なんだろう。
 ヨーロッパ圏では、右は、「Right」。すなわち「正しさ」「権利」「真っ直ぐ」などを意味し、左は、「不吉」「縁起の悪さ」「歪み」「ぎこちなさ」「欠陥」「まちがった」などで使われる。悪魔は左利きであるし、「最後の審判」では、神が天国を右手で指し、地獄を左手で指している。キリスト教にとって正当とは逆の左方向から差し込んでくるフェルメールの光、それは、もしかしたら、彼の生きた時代において、人間の理性とか、知性といったものだったかもしれない。近代哲学の父デカルトは、フェルメールの生まれたオランダにも移住していたが、彼が「我考える、ゆえに我在り」の命題を提唱した「方法序説」を世に出したのは、1637年であり、フェルメールが5歳の時なのだ。
 デカルトが切り拓いた道は、「信仰」による真理の獲得ではなく、人間の持つ「自然の光(理性)」を用いて真理を探求していこうとするスタンスだった。

 フェルメールは、最後の宗教戦争と言われたドイツ30年戦争(1618〜1648年)の最中の1632年にオランダで生まれた。彼が生きた17世紀は、ヨーロッパ各国で、飢饉、戦争、内乱が相次ぎ、その結果、イギリスでは議会政治が、フランスでは絶対王政が確立され、オランダは自由貿易により大いに栄えた。まさに、「宗教」に取って代わる新秩序が整えられていく段階の混乱にあったと言える。
 オランダは、スペインからの独立闘争のなかで、プロテスタント色を強めていく情勢にあったが、フェルメールは、プロテスタントの一家に生まれながら、結婚と同時にカトリックに改宗したとされる。そのオランダは、海外交易によって大いに栄えるものの、フェルメールの晩年には、イギリスやフランスと激しく対立し、戦争が起こり(1672年)国家的危機を迎える。
 フェルメールは、晩年に、『宗教の含意』という、フェルメールの絵としては異例のものを描いている。部屋の壁に飾られている絵が、フェルメールが好んで描いていた「地図」など新しい意識を象徴するものではなく、「キリストの磔」であるし、天文儀も足で踏みつけられている。絵のなかに日用品はなく、宗教的モチーフのものばかりだ。何よりも、窓の存在が感じられない。光りが差し込んでいない。外に向かって開かれていない。画面全体が暗く、フレームのなかに閉じている。だから、この絵は、あまり人気がない。
 旧秩序(スペイン・カトリック)が主張する”正しさ”と闘い、オランダが自由を獲得していく過程のなかで、左から差し込む(正当でない)豊かな光に導かれ、あらゆる人間的行為を慈しむように描いていたフェルメールは、晩年に人間的行為の行き詰まりを感じさせるような絵を描く。彼が生きた時代は、オランダの情勢が劇的に変化していき、価値観も、宗教と人間理性のあいだで激しく揺れ動いていた。人間を新しく導くと思われた知性や理性も、次第に様々な弊害を生み出していくのだ。
 フェルメールは、絵を描く際、目の前にある物事だけを見ているのではなく、絵を描いている自分自身も含めて見つめている別の眼差しを傍らに感じている。たとえば、彼の作品でもっとも巨大な「絵画芸術」のなかに、画家自身の後ろ姿も描かれているが、この絵を見ていると、絵を描いているフェルメールや、その絵を鑑賞する私たちの背後に、さらに別の目があるような感じを受ける。
 フェルメールは、対象を見つめている。そして、対象を見通そうとしている。さらに、対象を見通そうとしている自分自身を誰かに見つめられている。目に見えるものだけでなく、目に見えないもの、つまり、自分の意識のフレームの外を、感受している。だから、彼の絵は、画面の中に閉じてしまわない。
 そこにある事物ではなく、事物を媒介にして感受できる世界の関係性こそ、彼の関心事だったのではないか。
 彼が好んで描いている手紙等は、画面の中に登場しない他者の存在を浮かびあがらせるし、左側からの光も、光りが差し込んでくる方向にある”窓”を暗示している。
 フェルメールは、ディティールを大事にしている。事物の正確な描写を心がけている。平面に閉じたキャンバスに、事物の形や輪郭を精密に描きだしている。まさに、”神は細部に宿る”だ。しかし、そこで終わるのではない。画面の中に自分が最大限の努力をして描きだしたものが、画面のなかに閉じて外との関係性を絶たれてしまうことに対する”抵抗”が、彼の絵にはある。
 日常は、日常に閉じて完結するのではなく、さらに大きな世界、永遠性に通じている。それが、現実の重みだ。一枚の絵を中心に、絵を描く物と描かれる物、絵を見る物と見られる物の厳粛な関係性が生じる。その関係性が連なっていくことで、一枚の絵、および、その中に描かれている人物や物は、短なる一個の事物として終わるのではなく、生きた現実となって、時間を超えて存在し続ける。フェルメールは、事物ではなく、そうした”境地”を描きだしているとも言える。
 フェルメールは、写真に影響を受けている等と言われるが、構図だとかの類似を議論してもつまらないと思う。
 もともと絵画というものは、教会などの壁面に描かれるものだったが、ルネッサンスの頃から、フレームのなかに閉じ込めるものが増え、フェルメールが生きた17世紀のオランダにおいて、それを家に飾って鑑賞することが当たり前になった。世界をフレームで区切って、そのなかに対象をはめこむという意識が人間のなかに生まれ、定着し、その延長線上に写真技術が生まれたのだろうと私は思う。今では、そうしたフレーム意識を誰も不思議に思わないが、フレームで区切る視点が生まれた時、鋭敏な人は、問題意識も持つことになっただろうと思う。なぜなら、フレームで区切ってしまうと、世界全体に対して自分が感じているリアリティが、そこに入りきらないからだ。つまり、フレームによって、そこに入るものと入らないものを分別し、大事なものを切り捨ててしまう可能性が出る。こうした問題意識を持つ芸術家は、何とかして、そのように閉じられていく枠組みの外に出ようとしたのではないか。フェルメールの少し前に生きたベラスケスの「鏡」を持ち込んだような絵も、そうした問題意識の反映のように私には感じられる。
 17世紀、フェルメールやベラスケスが生きた、世界観の急激なる変容の時代(宗教→人間自我)に生じた芸術家の問題意識は、絶対王政の時代、芸術が宮廷文化を華々しく飾るようなものになって弱められたが、フランス革命(1789年)以降、芸術が個人のものになっていく過程で、再発見されることは必然的なことだろう。フェルメールなどの評価が200年近くを経て、急上昇するのだ。
 自己意識が規定していくフレームの内外の問題は、絵画芸術が平面から立体的、空間的なものになっていく時代において、もしかしたら、写真のなかに粛々と受け継がれているのではないかと思う時がある。
 平明から立体になることで自己規定のフレームの問題が解消されるわけではないが、ごまかしがききやすい。
 自我によって選び取るものと、選び取らなかったもの。人間を万物の尺度とする思想において、そうした選択の権限は人間にあると威張ることが正当化される。そこに、人間の傲慢が発生する。人間の選択を超えた摂理を、いかにして表現のなかに創出するか。自己表現、自己主張に忙しい人々と違って、世界に対して誠実な芸術家の苦悩は、おそらくそこにある筈だ。
 フレームの外から内へと何かが伝えられ、内から外へと息づかいが広がっていくようなフェルメールの絵は、固定した枠組みに閉じてしまわない物事の関係性を、小さく限られた平面キャンバスのなかに見事に実現している。
 人間の頭の中(言葉上の論理)で予めストーリーを決めて、その考えを補強する事物を写真フレームの中に入れる表現が、現代社会において、報道など客観的と言われる表現でも、アートと言われる主観的表現でも氾濫している。それら人間選択の傲慢さの上にあぐらをかいたような写真が大量に氾濫する状況のなかで、フレームを持ちながらフレームの枠組みを無化してフレームの外全体とつながっていく写真の表現方法が、今こそ必要なのではないかと私は思う。とはいえ、それは意識してつくり出せるものではない。自分が確定してしまうフレームによって、損なわれるもの、欠けてしまうものを強く自覚する表現者から、それは必然的に生まれてくるのだろう。

2008年12月 8日 (月)

第14回 ”時代の気分”と、表現の力

 昨日、恵比寿で少し時間が空いたので、東京都写真美術館で開催されていた「 オン・ユア・ボディ」展を見る。日本の新進作家というふれこみだが、まったく心が動かされることはなかった。

 この展覧会趣旨は次のように書かれている。

  今回開催する『オン・ユア・ボディ』は、〈身体〉がテーマです。〈身体とジェンダー〉という問題については、ここ数年で急速な変化を遂げています。特に、女性の意識変化は大きいでしょう。特徴的なこととしては、女性の社会進出と晩婚化、少子化というところに表れています。女性たちの意識がグローバル化し、欧米並みに精神の自立が成されているのにも関わらず、社会のシステムがそれに追いついていない現状から起こっているのです。さらにインターネットが普及し、社会にヴァーチャル化されたネットワークが誕生したということ。瞬時に同じ情報がいきわたる現代社会のなかで、私たちの意識としてもヴァーチャルリアリティーが現実と同じくらいに重要になってきています。
 そのようななか、〈身体〉というのは最後に残された自分自身がコントロールのきく場であり、現実との戦いの場。その実感として、女性の意識の変化のなかで身体への関心が高くなってきていると思うのです。例えば、女性がメイクをしたり、スポーツクラブに通ったり、ダイエットに励むといった見える部分だけでなく、もっと内面的な問題を表現するための身体への執着心に焦点をあてたいと思ったのです。

 まずもって、この文章で伝えようとしていることが、浅はかのように感じられる。「女性の社会進出と晩婚化、少子化」は、ここ数年の急速の変化ではなく、この数十年で、少しずつそうなっていた事態だ。そして、「女性の意識のグローバル化」というのは、どういうことを指しているのか。何をもってグローバルと言っているのか? 単に海外に行く女性が増えているということなのか?
 また、「欧米並みな精神の自立」というのが、どういう状況を指しているのか。それに追いつく社会システムというのは? なにゆえに、欧米を基準にしなくてはならないのか。欧米風の精神の在り方が、そんなに有難いものなのか? 今だに、欧米に追いつき、追い越せ的な発想でしか物事を見られないのだろうか。新しさを装いながら、時代遅れの典型的な思考ではないか。

 さらに、「私たちの意識としてもヴァーチャルリアリティが現実と同じくらい重要」というのが、何を言いたいのかよくわからない
 文章では、勿体付けた言い方をしているが、簡単に言ってしまえば、「自立して働く女性が増えているけれど、安心して子供を産んで育てる環境ができていないということと、現実生活だけでなくネット上から様々な情報および経験を得ている」ということにすぎないのではないか。そう書いてしまうと知的に見えないので、言葉を装飾しているだけではないか。
 そして、「思うようにならない社会の現状」に対して、<身体>が最後に残された自分自身がコントロールのきく場であり、現実との戦いの場だと展覧会趣旨は述べている。しかし、<身体>というのは自分のコントロールと関係なく、病気になったり、死んだりするものだ。<身体>は、最後に残された現実との戦いの場なのではなく、先の大戦後、快適、安楽、便利を追求してきた経済社会は、<身体>をいかに楽にしてあげるか、または、<身体>の移動などをいかに効率的に行うか、<身体>の衰え、損傷をいかにして防ぐか、といった側面で展開されてきたのではないか。

 そうした身体との関わり方に対して、メイクとか、スポーツとか、ダイエットではなく、もっと内面的な問題を表現するための身体への執着心に焦点を当てる、というのは、自分の心の状態を表現するため身体を使って、たとえばパフォーマンスとかで表すということなのか。その程度のことなら、表現行為として昔からいろいろな表現者が当たり前のように行っている。メイクとか、スポーツとか、ダイエットという言葉を並べれば、現代的になるわけではないだろう。

 言葉をあげつらうつもりはないが、最近の新進とか気鋭などという枕詞のつく展覧会には、こうした、わけのわからない文章説明が非常に多いという印象がある。
  何でもかんでも、グローバルとか、ヴァーチャルと言っていれば、国際的で、現代らしくなると思っている。

 自主運営で、自らがリスクを負って展覧会を仕掛けているのなら、何をどうやろうが構わないが、自らはリスクを負わず、税金を使って「表現もどき」をしている甘さが、随所に感じられる。展覧会の多くは、それを行う学芸員とかが企画して、実際に形になっていくのだろうが、企画する側の意識が、どこを向いているかによって、展覧会の方向性も決まってくる。
 写真表現などにおいて、「言葉で言い表されないものを表現する」などという言い方をしたり、そうしたことを演出するために、わけのわからない展覧会趣旨で煙に巻いたりするが、今回の「オン・ユア・ボディ」などを見ると、言葉で言い表される程度のことを表現しているにすぎないと感じる。
 「言葉で言い表されることを表現する」というのは、どういうことかというと、既にわかっていること、既に意識化されていることを表現することだ。
 そういう作品を見ると、共感することがあっても、驚きや発見はないだろう。アーティスト?を目指す予備軍にとって、評論家などに評価してもらう尺度のお勉強になるのかもしれないが、そうした”処世”に関心のない人には、「相も変わらずこういことか」とか、「同じことを違う方法で見せているだけか」いう白けた気持ちしか呼び起こさないだろう。
 私が今回の「オン・ユア・ボディ」を実際に見たうえで、その趣旨を述べるとするならば、「男性とか女性に関係なく、社会変動が激しく、インターネットをはじめ仮想的空間も広がり、自分を何にくくりつけていけばいいかわからず不安定である。気持ちの部分の不安定さだけでなく、実際の生活面においても、収入の不安定さや、社会福祉の不整備などによって、不安定である。その不安の気分を表現したものを集めました。もしくは、その不安の気分を逆手にとって、自分が感じているコンプレックスの部分を他者とは違う自分らしさ、自分だけの特徴として、自分の売りにしていくという生き方もあるのではないかという前向きの提言もあります。」という程度の内容説明で充分なものだった。わざわざ、お利口そうに見えるような凝った言い回しをする必要はない。

 評論家などが、「時代の気分を表現している。」と解説する場合、その「時代の気分」が既に多くの人に共有されているものであれば、敢えてそれをなぞって表現する意義がどこにあるのだろうと私は思う。週刊誌や情報誌などと同じことであり、それはそれで構わないが、敢えて、表現だと特別視したり胸を張るようなものではない。
 「仮想現実」とか「不安」とかは、もはや表現物を見なくても、言葉で知っているし、その感覚もわかる。わかっていることを補強されればされるほど、その狭い所に押し込められていく。そのようなプロセスを経て結果的に生じてくる、押し込められることの息苦しさ、閉塞感、不安感、自虐的な恍惚感を、”時代の空気の表現”と評論家が言っていることが多く、現代の表現の多くは、延々とそれを繰り返しているような気がする。

 閉塞感、不安感などを気分で消化する風潮に対して、簡単に消化できないほど、おそろしいほどの閉塞感や不安や気分の悪さを与える力を持ったものは、それを見る者の意識や考えの甘さを、それこそ目から鱗のように気づかせ、落ち込ませる力(それほどの力だからこそ自分のこれからに跳ね返ってくる)があるが、そういうものは本当に数少なく、ファッションの一部として簡単に消費されるだけの不安や閉塞気分を伝えるものが、それこそ腐るほど有り余っている。
 反芸術も、最初にそれをやった人は偉大だけれど、そうしたスタイルがお墨付きを得て以降、そのスタイルをお勉強をして、後追いでコピーするものが無数にある。見習うべきは、スタイルではなく、意識を反転させる力なのに。
 私の個人的なイメージだが、ロールシャハテストで、白の部分が向き合う人間の顔に見えていたとする。可能性としては、黒の部分の花瓶に見える余地も残されているのだが、時代の意識というのは、一方向にバイアスがかかりやすい。何となく顔に見えそうな白のスペースで、これが鼻だとか、これが耳だとか、自分を納得させていくと、しだいに顔以外には見えなくなっていく。そうした方向を強化するのが、評論家とか学者であり、教育や学習やメディアによって、それは強められる。
 しかし、その白黒の絵を見ている時、意識では「顔」にしか見えなくても、無意識では、「花瓶」も見ている。意識がそれに気づいていないだけだ。
 ある日、ものの見事に、白黒反転させて、もともと存在していたのに忘れられていた黒の部分の花瓶の存在に気づかせてくれる表現が現れる。それは、自分がそれまで信じていた領域を覆すわけだから、ショックだけれども、どこか爽快なものがある。狭いところに入り込んでいた自分を解放するからだ。芸術の力というのは、本来、そういうものではないか。

 自分の領域を頑なに守ることだけ考えている人間には、なかなか届かないけれど、自分が守っているものの卑小さを心得ている人間にとって、白以外の見え方があることを知ることは、救いとなるだろう。 

2008年12月 4日 (木)

第13回 近代的視点と展覧会、および写真への期待

 最近の展覧会は、企画に凝っている。絵をじっくり見せるだけだと工夫が無いという強迫観念があるのだろうか。しかし、その工夫が、”お勉強のためのもの”になって、カタログ化しているようにも感じられる。
 今年、フェルメールの「牛乳を注ぐ女」を観た時も、同じ時代の二流の風俗画をめいっぱい集めて並べ、モチーフの共通性や、当時のオランダの市民生活とからめてフェルメールを語っていた。しかし、同時代のオランダ絵画には、あの展覧会で並べられた二流の風俗画とは比較にならない力作も多く、それらと合わせると、「牛乳を注ぐ女」も別の位置づけになってくる。何も演出をしなければ、「牛乳を注ぐ女」をじっくり見て、人それぞれ、言うに言われぬ何かを感じ取るのだろうが、教養的な編集で枠をつくってしまうと、見る側の意識がそこに揃えられてしまう。美術館の企画も、どこかテレビ的な発想になっている。
 最近見たものでは、国立博物館で、尾形光琳、俵屋宗達、酒井泡一の風神雷神図屏風の違いを見せて、どれが好きかという感じで演出したり、横浜美術館で、セザンヌの絵と、セザンヌに影響を受けた画家の絵を並べて、なぜセザンヌが20世紀絵画の父と言われるか説明しようとしたり、東急文化村でワイエスのテンペラ画(本物は写真で見せて)と、素描を何枚か並べて、「創造のプロセス」、つまりどういう風に描いていったかという”順番”を紹介したり、拍子抜けする演出が多かった。
 宗達も、セザンヌも、ワイエスも素晴らしい芸術家であって、学芸員の頭の中で思いついた線引きのなかに当て嵌めることじだいに無理がある。よかれと思ってやっているゆえに、よけいに、残念だ。
 一つ一つの作品の素晴らしさを真に理解するならば、そうした教養的な枠組みは逆効果で、その作品に相応しい”場”を作り出すことに意識を向けるべきだと思うのだが、商業的な成果も求められて、うまくいかないのだろうか。
 展覧会場でセザンヌの絵にじっくりと向き合って、自分のなかに濃度が高まっているのに、静物だとかサントヴィクトワール山だとか同じモチーフの絵が描かれているという理由だけで、ズラズラと、形ばかりの西欧化を目指す日本の大多数の画家たちの、セザンヌの魂とまるで響かない後追い絵画が続くと、場の力は、減退する。もちろん、それで損なわれるほどセザンヌの絵はヤワではないが、重要なのは、モチーフが同じということではない。 絵のなかに、自ずから打ち立てて実現しようとしているもの。その迫力そのものが、セザンヌの絵であって、何を写しとっているか、という問題ではない。そして、なにゆえにセザンヌの烈しい闘いが必要であったかという、なかなか見えにくいポイントが、よけいな教養的夾雑物によって、ますます見えにくくなることが弊害だ。
 ワイエスの絵にしても、私は個人的に彼の素描が好きだ。数本の線だけで描かれた雪景画なのに、雪がしんしんと降り落ちてくる世界のなかに入り込んだような感覚になる。素描が、完成までの一つのプロセスとはとても思えず、それじたいで、その絵は、ワイエスのなかで完成しているだろう。
 そうした展覧会が多いなか、国立西洋美術館で行われていたハンマースホイ展は非常によかった。
 セザンヌも、ワイエスも、上に述べたような展覧会企画などにおいて顕著になる近代的眼差し(知識教養のフレームでわかったつもりになって安心して、大事なことを切り捨てる)に抗っているが、ハンマースホイも同じだ。
 彼は、一〇〇年前、プロシアとの戦争に負けて富国強兵に励み近代化を推し進める、明治維新および戦後復興時の日本のようなデンマークに生まれ育ち、そうした時代の風潮に逆行するような絵を描いた。
 まず、ハンマースホイの絵は、完全凍結のように静止している。動かないことで、それを見ている側の心に動ける余地が生まれている。現代生活では、画面のなかが、あれこれ騒がしく動くことに慣れて、心が動いていることに気づきにくくなる。画面の中に外から物事が侵入してきて、それに目を奪われて、自分の内側から生じるものが見えなくなる。
 そうした見た目の表層的変化ばかり追うのではなく、この画家は、目の前にあるものをじっくりと見つめ、そのことによって、自分の心が動き出すことそれじたいを描いている。
 それだけでない。彼の絵は、見る側を、画面の前に固定させるのではなく、画面の前から動かす絵になっている。つまり、見る側が動くことで、絵が動く。右から見たり左から見たりすると、どこから見ても、正面から向き合っているように私には見えた。
 当時のデンマークは、近代化の著しい状況のなかで、こぞって華美で絢爛な建造物を造り、それを表現することがブームになっていた。それに比べて、ハンマースホイの描く宮殿は地味だ。しかし、見る側から動くことで、その絵はとても面白いものになる。彼はきっと、人から与えられて受け身で関わる華美とか絢爛という価値観の底の浅さを見通していたのだ。そうしたことは、現在の日本でも続いている。
 国立西洋美術館は、ハンマースホイの一貫した眼差しの世界に深く入り込んでいく構成になっていたので、彼の眼差しそのものを強烈に体験できた。そうした”場”の濃度こそ、展覧会では重要だと思う。とりわけ、世間一般の標準的眼差しに慣れてしまうことに強烈に抗っている画家の作品の場合はなおさらで、その作品を標準的な眼差しで処理する展示の多いことが、芸術の力を殺ぎ落とし、芸術への畏れとか本当の意味での敬いを損なっているような気がする。
 この問題は、写真においても同じだろう。
 私も当然そうだが、現代人は、周りの動きが気になり、その動きばかり目で追っている。自分のフレームは限られているのに、そのフレームに入ってくる物事の変化が、世界の変化になる。フレームというのは、意識的に操作できるので、自分の世界も意識的に操作して変化させることができるような錯覚をする。流行の自己実現というのも、そのフレーム内の光景の変化のことだ。そのように意識的にフレームで切り取っていくことを誰も悪いことだと思わないし、そのフレームの中の事物を、歴然たる事実だとみなす。
 それこそ、自分はまったく変化せず、動かず、周りを見渡してどこをどのようなフレームで切り取るかの競争になる。(変化して、動いていると錯覚しているが)。
 そして、フレームで切り取るかぎり、常にフレームから外れる世界があるのだけれど、その
ことに意識が及ばず、無自覚になる。さらに、そのフレームに強い力の者(権威、有名、賞、標準、格付け会社?)がお墨付きを与えると、その中に意識が固定されてしまう。世界をそのように見ることが強要され、それに従うことが当たり前になる。そのようにして作られる世界は、自由なようでいて、実に不自由だ。
 多くの写真は、そうした傾向を強化する方向で利用されやすい。

 周りの動きを目で追って、フレームで括り、バシバシと写真を撮っても、フレームのなかの物事は変わるが、物事と人間の関係は変わらない。関係が何も変わらないということは、動いていない、つまり自分は何も変わっていないということだ。

 世界の変化を追いかけていれば自分も変わると現代人は錯覚するけれど、関係性が変わらなければ、自分は変わらない。そして、関係性が変われば、視点も変わる。
 モチーフや表現技法といったフレームの中で完結する事象の変化ではなく、物事と人間の関係の変化をどう捉えるかが、写真の現代的課題ではないかと私は思う。
 関係の変化は、フレームの中の事物を違うものにするだけでは伝えられない。中の変化が、フレームの外の出来事とのつながりを予感させるものでなければダメだろう。
 映画やテレビを見る人は、だいたいにおいて、じっと止まって見る。写真を見る場合、自ら動いたり、風の旅人でもそうだが、自分でページをめくる速度を変えたり、いろいろとできる。そのように関係性を能動的につくることができる。
 にもかかわらず、テレビ的な視点に擦り寄っていく写真の方が多い。それらの方が、テレビおよび、テレビ的視点に擦り寄った評論家の評価が高くなりやすい。
 テレビ的視点というのは、恣意的にフレームを決めて、その中に入り込んだ一瞬の出来事で物事を決定していくような視点だ。
   フレームがどのような意図や発想で設けられたかは考慮されず、フレームのなかに入り込んだものが、動かしがたい事実だとみなされる。そのようにして、フレームの外を無きもののように切り捨てていく。それが現代を覆い尽くす閉塞感や歪みの原因でもあるだろう。その視点の囚われになっている私たちを、写真の力で、解き放つことができるか、もしくは、さらに頑丈な牢屋にしてしまうか。
 どんなフレームも、世界の部分を切り取っただけだ。部分的な事実よりも、部分と部分の蓄積と響き合いこそが、世界をつくっている。そう思える時、自分が関わっている部分は部分であるけれど、世界の一部であることは間違いないと実感できる。
 プロとして、時代や社会と深く関わっていこうとする写真家なら、当然こうしたことに自覚的であるだろう。そして、風の旅人も、そのような視点で世界を形作っていきたいと思う。こう考えることも、一つのフレームなかの事象であるという危惧は常に持ち、急がす、留まって、慎重に、といって臆病にならず、自ら動いて、丁寧に・・・、それが一番難しいことだけど。

2008年12月 3日 (水)

第12回 自分を動かすものとは・・・

 写真家の森永純さんから、テレビ番組の「美の巨人たち」で紹介されたユージン・スミスの「楽園へのあゆみ」を、DVDで見せていただいた。
 私は、幸運にもユージン・スミスの助手だった森永さんから直接いろいろな話しを聞く機会があり、テレビでは伝えきれない部分でわかっていることも多いので、そうした視点でテレビ番組を見るが、大半の人にとってはテレビから得られることだけが全てなので、改めて、テレビの弊害というものを強く感じた。
 テレビの弊害というのは、番組のなかで視聴者受けを狙った、大食いや、人を小馬鹿にしたりイジメたりする行為などがよく指摘されるが、ニュース番組や、教養を装ったものの方が良識的でまともに見えるので、問題点に気づきにくい構造があり、娯楽以上に注意しなければならないのではないかと思う。
 テレビというのは、どんな対象でもテレビフレームのなかに都合良くパッケージ化してしまう性質があり、その段階で多くのものを殺ぎ落とす。テレビ情報を遙かに超えた力を持つものでも、それそのものが実際に存在している場を離れ、テレビのフレームのなかに持ち込まれると、テレビの論理で簡単に片づけられてしまう。テレビの論理を身をもって体現しているコメンテーター(お笑いタレント、評論家、ニュース番組司会者)が、それをさらに補強する。
 テレビがテレビに都合よく整理していたとしても、テレビしか見ていない人にはわからない。さらにテレビは、番組を見る人に対して、自分の知らなかったことを伝えるテレビというものは凄い力を持っていると、テレビ依存の気持ちを植え付けている。
 本当は、見る人のなかに大切なことは何も残っていないのに、残っているように錯覚させてしまうところに、一番問題があるように思う。
  今回のユージン・スミスの紹介にしても、知識・教養番組ということになると思うが、この番組を見た人のなかに残るものは、ユージンスミスという名前と、作品および本人のエピソード。それを知識として知り、希望だとか愛だとかわかったような言葉で、ヒューマンタッチに脚色された構成のなかで、既に自分のなかで固定されている価値観と照らし合わせて納得する構成になっている。本当は、核心に迫ることは何もわかっていないのに、テレビを見た人は、わかったつもりになってしまう。
 新しい物の見方、感じ方、考え方につながるものは、何もない。新しく何かを知ったように錯覚させながら、実際は、視聴者をどんどんと狭いところに追いやっているという印象を受ける。テレビ番組の作り方の問題というより、テレビという存在が持ち続ける問題がここにあるように思う。限られた時間のなかで、効率よく標準化し、誰でもわかるように料理することが優先されるのだ。
 「自分の中に何かが残る」というのは、知識・情報として何かを得るということだと、私たちは思いがちだ。しかし、知識・情報というのは、常に自分達の外にある。知識・情報が、自分の心の動きや思考の揺らぎとつながっていかないと何も残っていないに等しい。自分の思考や心の動きとつながっていないのに、「知識・情報」が自分のなかにあると錯覚してしまうと、何も考えず、それらの知識・情報に振り回されてしまう。
 「自分の中に何かが残る」というのは、自分のなかの何かが触発され、心が動き、思考がどんどん広がっていき、その延長線上に行動が発生し、その行動を自分の心と思考のセンサーで検証できる状態だと思う。
 テレビを見ながら、果たしてそのような状態に自分がなっているかどうか。
 テレビに限らず、たとえば大学の講義などで、教授がダラダラと話していることを聞いたり、一生懸命にノートをとっている時、果たして、自分のなかの感受性や思考が刺激されて常に動き続けているかどうか。自分の中が停止したまま、相手が一方的に伝えることを聞いているだけという状態になっていることが多いのではないか。テレビでも、学校の授業でも、もしかしたら職場でも、そうした状況に私たちは慣らされてしまっているのではないか。
 私は、「風の旅人」の創刊の時から、編集理念として、テレビ的な物の見方に抗うことを掲げてきた。
 テレビ的な物の見方というのは、一言で言うと、見る人の心も身体も止まったままなのに、画面のなかが慌ただしく動きまわるのを見ているだけで、自分も動いていると錯覚してしまう感覚だ。それを繰り返すうちに、自分は、(思考)停止してしまう。
 たとえば森永純さんの写真のように、写真ゆえに画面の中が止まっているのだけど、それを見ているうちに、自分の心が動いていく。そして、自分の手でページをめくって動かしていく。自分の意思と感覚で、目や手を止めたり、動かしたりする。そのように自らが働きかける”動き”こそが、世界との関係をつくるうえで、とても大事だと思うのだ。
 写真でも、既成概念のフレームにあてはめただけのテレビ的なものも多い。そうした写真は、あてがわれたフレームのなかに人を停止させてしまう。誰もがわかっている楽しさ、可笑しさ、綺麗さ、面白さ、悲しさ、辛さをなぞる写真は、テレビ的に安易な”共感”を狙っている。それを見る人間は、それを見て自分の心が動いているように錯覚するが、そうではない。それらの写真を見なくても、同じような心の動きをしている。たとえば、可愛い猫の写真を見て、可愛いなあと思うことは自然だが、猫の写真ではなく実際の猫を見ても、ほとんど同じような心の動きをしているので、猫の写真を見ることで自分の心が新しい動き方をしているわけではない。心が新しい動き方をして初めて、自分のなかに、あれやこれやの思考が動き始める。
 写真を見て、可愛いとか面白いという”気分”を感じても、心や思考は新たに動き出さず以前の場所に停止したままというのは、テレビを見ている時の感覚と同じだ。だから、その瞬間で、その写真も自分の”気分”も消費されて何も残らない。しかし、そうした写真の方が、テレビや週刊誌と相性がいいので、それらの媒体にもてはやされ、そちらの方が優れているような雰囲気が簡単に作りあげられてしまうのが、現代社会なのだ。
 テレビ、およびテレビ的発想で作られるものには、”場”がない。”場”というのは、見るものと見られるものが、同じ空間を共有しながら、互いに、互いのなかに潜在するものを引き出し合える空間だ。本来、演劇もそうだし、映画もそうだ。写真集も、本もそうだ。森のなかの散歩もそうだ。そこに存在するものの互いの関係性が生じることで場が生まれる。関係性が濃密になれば、場も濃くなる。一つの雑誌を編集するにしても、その中に存在する一人の写真家の数枚の写真のなかでの関係性、他の写真家の写真との関係性、文章との関係性、そして当然ながら読者との関係性、それら関係と関係が強く響き合うほどに、場の力も高まると私は思っている。
 有名人や、タレントに頼って、一方的に情報を流すだけの雑誌や、権威ある教授を呼んで、そこに集まっている人間に語りかけるような雰囲気もなく、一方的に自分の主張を喋らせる講演会などは、テレビ的発想に陥っている人間のやることだろう。政治も宗教も大学も、最近、構造が似ている。
 また、本来、権威的なものに抗う存在である芸術などにおいても、内容の乏しさを隠すために演出に凝って、いかにも場の雰囲気があるように見せたり、相手を驚かせたりして、相手のなかに新たな心の動きや思考の動きを生じさせない一方的な作為も非常に多い。
 その場だけで驚かせたり、愉しませたり、納得させたりすることが、”アート”とか、”人生の知恵”として消費され、そうした消費物に人が集まったり高額の値がついたりして、権威付けされて、本人も喜ぶという、テレビ的発想とテレビ的喜びとテレビ的賑々しさが、表現者にも知識人にも蔓延するという、滑稽な状況になっている。

 生命力というのは、全てのものに備わっているものだが、それを引き出し、動かしてくれるものと関係性を持つことで初めて、生命が生命として力を発揮するように思う。
 表現物を見て、良いと感じるか悪いと感じるか、人それぞれの価値観という言い方がよくされる。その言葉は、既に市民権を得ているが、考えなくてはならないのは、本当に自分に固有の価値観に響くところがあって、自分に固有の心の動きや固有の思考の動きが発生しているかどうかだろう。そういうことが無い状態で言われる「人それぞれの価値観」というのは、いったい何なのか。
 私は、「私のことは放っておいてくれ」という自己防御心が、「人それぞれの価値観」という言葉を頻繁に表出させているだけのような気がしている。
 停止してしまっている自分を動かすものに出会えたら、「人それぞれの価値観」をムキになって主張する必要もなく、なにゆえに自分は動かされるのかという思考や心の動きが自分のなかに生まれ、育ち始め、そちらの方が自分にとって重要になる。そういうものと出会える場こそ、この時代に、もっとも必要だという気がする。

2008年7月30日 (水)

第11回  その人ならではのものは、「デリカシー」にこそ宿る。

 今日、写真学校に通う若い人の写真の売り込みを受けた。最近は、写真の売り込みに関しては、電話など安易な方法を取る人のものは忙しくて対応していられないので受けていないが、アポもなく、匹夫の蛮勇で大阪からやってきたと言うので受けた。
 彼は、比較的硬派の写真を撮る写真家を多く輩出している学校の生徒だ。
 一目でその学校の先生の影響を受けている写真だとわかった。しかし、彼は、自分の写真と活躍している先輩写真家との違いは、「人との距離感」にあると言う。
 街角で撮影したい人に声をかけて、それから撮る写真というのは不自然だと彼は思っているらしく、街角で通りすがりの人のすぐ傍から厚かましく撮っている写真が多い。
 そして、相手に躊躇することなく距離を詰められることが写真表現を行ううえでの自分の特性だと思っている。写真学校の先生などでも、それが写真家としての才能だから、その才能を伸ばしなさいと言う人は多いだろう。
 写真にもいろいろあって、報道写真や広告写真などにおいては、それでいいのだろうが、私は、そういうスタンスには興味ない。というか、そういう写真は、日常の身のまわりを見ても、既に溢れすぎている。売り込んでくる写真にも、その類は数多く、どれもが似ている。
 昔、ブルース・デビットソンがニューヨークの地下鉄で人を撮った写真は、その”近距離”に圧倒された。誰も簡単に真似ができないことが一枚一枚の写真から伝わってきた。実際に、彼は撮影前、危険なトラブルに備えて身体を鍛えていたらしい。
 現在の日本の街角において、そこまで決死の覚悟は必要ないだろう。そうすると、それができるかどうかは、単純に撮影者のデリカシーの問題ということにもなってくる。
 決死の覚悟は、表現のオリジナルにつながるが、デリカシーの無さが表現のオリジナルにつながるとは、私はどうしても思えない。
 むしろ、今日のような自己本位の自己表現が大流行の社会においては、人にカメラを向けることに対する躊躇が強くありながら、それでも敢えて表現せざるを得ない何かがある人の方が、自分なりに様々な工夫をして、その距離を埋め、自分に合った固有の表現をつくりあげていくのではないだろうか。その内的必然の強さがない写真は、どういう撮り方をしたところで氾濫する情報の一つの断片でしかなく、何も伝わってこない。
 風の旅人の第31号で紹介した小島一郎さんは、人を正面から撮れなかった人だったと奥さんが述懐していた。彼の作品は、人の背中が圧倒的に多い。しかし、その背中が、多くのものを語っている。写真家ではないけれど、印象的な写真を多く残した岡本太朗も人の前に立ってカメラを向けることができない人だったと聞く。おそらく、そうした繊細さが、普通の人なら見逃してしまうオーラを感知することにつながるのだろう。
 街角で気になった人に丁寧に依頼して撮影するという方法をとっている有元伸也さんの写真(風の旅人 第31号で紹介)が、依頼する行為の介在で”不自然”になるかというと、まるでそうではない。
 デリカシーがあるゆえに傍若無人なことができない人は、自分なりの方法で相手との距離を詰めていく。その距離の詰め方が、その人の固有性なのだ。長く表現者として生き残っている人は、そうした固有性を確立している人が多い。
 そうしたデリカシーから生まれる表現には、相手が写っているだけでなく、撮影者の思いも色濃く滲んでくる。私にとって心惹かれる写真というのは、単に被写体の面白さ(被写体にもたれている)ではなく、撮影者の言うに言われぬ思いが伝わってくるものなのだ。
 街角スナップで、相手の心理を気にかけず、自分本位に撮るというスタンスは、程度の違いはあるけれど、パパラッチとか、事件の被害者や犯人の家族に対して相手の事情を省みずに追い回すメディアとさほど違いはしない。だから、そうした写真はメディアとの相性がよく、話題として取り上げられて有名になり、”成功者”のように錯覚されることが多い。
 相手に気兼ねしない自分本位のそのスタンスが、客観的で、ありのままを写しとることになるのだと、彼らは自己正当化する。
 しかし、果たしてそうだろうか。
 例えば、人には様々な表情がある。ふだん穏やかな人の、ある瞬間だけ眉間に皺を寄せた瞬間だけを切り取って、「気むずかしい人」とくくったり、ふだんは周りの人に対して冷淡きわまりない対応をしている芸能人のサービススマイルだけを切り取って、人柄の良さを印象づけるということも多々あるだろう。
 そういう一瞬の切り取りが、自然で、ありのままと言えるのか?
 それらは、揺れ動く実体の、たまたま表出した一部分でしかない。赤玉が7つ、白玉が3つ入っている抽選箱から、たまたま白を引き当てて、その中身全体を白だと言っているようなものだ。
 自然で、ありのままというのは、時間をかけることで初めて見えてくるものだ。
 時間をかけなければ見えないものを、写真という一瞬の画像のなかに、どうやって入れていけばいいのか。そうした煩悶と試行錯誤の無い人に、「自然」とか、「ありのまま」は、とらえられないのではないか。
 けっきょく、表現者として生き残っていく人たちは、そういうデリカシーのある人であって、だから、「ただの近距離写真」は、売り込み写真には数多くあるけれど、長く活躍している人のなかには見当たらないのかもしれない。(報道とか広告ならあるだろうが)。
 「ただの近距離写真」というのは、相手の顔が近くにあるというだけでなく、撮影者から被写体、もしくは被写体から撮影者に対して、流れ出すような思いや、通い合うようなものが、ほとんど何も感じられないものだ。機微はなく、ただ近くから撮っているというだけになる。

 それを「自分のスタイル」だと勘違いしている。しかし、「自分のスタイル」というのは、困難な状況のなかで、困難を克服するプロセスのなかから編み出されるものだ。
 また、「ただの近距離写真」は、人や物が写っているようでいて、実際は何も写っていない。
 写真表現において、「写る」というのは、多くの人々が写真を見なくても既に認識済みの物事の表象が写っていることではなく、見ているつもりで見落としてしまっている何かが写っていることなのだ。
 そして、見落とされているものとは、単なる物体ではない。今日、一番見落とされているのは、「ものとの接し方」なのだ。
 「ものとの接し方」において疎かな表現が、それを写すことなどできやしないだろう。
 ある種の傍若無人さは、ブルース・デビットソンが行った局面であれば凄いことだが、それを簡単にできてしまう状況のなかで、自己表現の志望者が安易に再生産し、メディアがそれを持ち上げることは、「厚かましさ」の画一化と標準化を推し進めることにしかつながらないような気がする。その流れに一石と投じる表現こそ、今、真に求められているものだと思う。

2008年3月25日 (火)

第10回 私はなぜモノクロ写真を大事にするのか。

 掲示板に質問があったので、こちらに自分の考えを書きます。
 私は、現代社会の人間は、「たかがこの200年ばかりの価値観」のなかで生きていると思うことが多くあります。
 200年というのは、産業革命やら市民革命の後の合理主義社会のことが意味されているわけですが、それを単純に「近代文明」という言葉で括って片づけるつもりはありません。「近代文明」に対抗するために「自然主義」の旗を掲げても、捕鯨船を攻撃する自然愛好家の活動などを見れば、感受性や思考特性や行動特性において「近代主義」と何も変わらないと思わざるを得ないからです。
 だから、そうした表層的な現象のことではなく、「世界の捉え方」を問題にしたいと思います。たとえば、現在、「全体性」という言葉を使う時、多くの人は、横広がりに大きくなる世界をイメージします。「横広がり」ではなく、「奥行き」という視点で、全体性をイメージすることは少ないです。
 「平面画像」の場合とくにそうで、全体性という言葉を使う時、横への広がりが強く意識されます。テレビも映画もそうです。広告物など、今日の人間の表現物の多くがそうであって、その影響下に私たちはいます。
  そうした感覚の延長に、「豊かさ」という概念も築かれているように思います。たくさんの物を入れるスペースと、たくさんの物があるというのが豊かだということです。
 比喩的な意味で、物質の豊かさではなく「心の豊かさ」という言葉を使う時もありますが、その場合もまた「心のなかにたくさんのものが蓄えられている」という感じで捉えられます。
 物質であれ、精神的なものであれ、比喩として、そういう価値観がしっかりと植え付けられているという意味において同じです。そういう感じ方を当たり前のことのように私たちは思っているけれど、実際は、そういう感じ方じたい、そんなに古いものではないと思う時があります。
 以前に比べて発展してきた結果が「現代」というよりも、真の意味での全体は同じだけど、以前は「奥行き」を大事にしていたのが、ただ「横広がり」に変わっただけではないかと思う時があるのです。
 奥行きというのは、たとえば「時間の蓄積」などがそうです。
 20年使い込んだ愛着のある物が一つ在ることよりも、新製品がたくさん在る方が豊かだというのは、奥行きよりも、平面的広がりを重視する価値観のように思います。
 テレビにしても、ワイド画面の方が豊かさの発展形のように錯覚しているけれど、それは、情報量が横に多いというだけで、奥行きということにおいてどうなのでしょう。
 テレビ制作現場のスタジオは張りぼてで表面的に見えているところだけ見せていて、伝えるべき奥行きはありません。だから、テレビの発展を感じさせるためには、横に広げるしかないのかもしれません。そうしたテレビ側の事情にすぎないものを、私たちは有難いと思っているだけかもしれない。
 写真機は近代の産物です。流通性という意味において近代の横広がりの恩恵を受けています。そういう近代の是非ではなく、表現物として結果的に生じている写真のモノクロ画像を私は大事にしたいと思っています。
 といって、モノクロだけで万全ということではありません。「風の旅人」でもモノクロとカラーは、半々か、カラーが少し多いと思います。
 モノクロ写真を大切にするというのは、モノクロを見る眼差しを大事にして、その感覚を持った状態で、カラーを見た方がいいのではないかという意味です。
 水墨画であれ、写真であれ、人為的加工物です。人為的加工が問題なのではなく、その人為がいったい何に基づいて行われているかに、私はこだわります。
 近代の「横広がり優先の人為」か、横広がりを優先するばかりだと失われやすい「奥行きを大事にする人為」かです。
 人間の目は、もともと順応しやすく、明るいところにずっといると、そこが明るいということに麻痺します。その逆もしかり。カラーの世界にどっぷりといると、カラーということすら意識しなくなる。
 だから、光が充分にある時は、「色がある」と反応するけれど、暗くなると、「色が無くなった」と反応してしまうこともある。本当は色が無くなったわけではなく、暗いなかにも豊かな色があるのだけど、それが見えなくなる。見えなくなってしまうと、あっても必要ないということで、最近のフィルムは、どんどん微妙な階調が切り捨てられて、鮮やかさとコントラストが強くなっています。そしてまたそれに人間の目が慣れてしまうということが、繰り返されています。
 写真を小さく見せる場合は、鮮やかでコントラスが強いフィルムの方が有利ですが、大きく引き伸ばす時、階調が無いと、平面的でスカスカの画像になってしまいます。それに比べて、一見暗くても微妙な階調を捉えているものは、大きく引き伸ばすと、そこに豊かで多彩な色があることがわかります。雑誌などにおいても、そういう見せ方をするものが少なくなっているので、ますます階調を切り捨てて、スカスカだけど、見た目だけが鮮やかなものが増えています。
 そのようにして、人間の目はどんどん鈍磨して、ぱっと見た感じで強い印象を与えるものを求めていってしまうように思います。ぱっとした鮮明さが、新鮮だとか、豊かだと錯覚して追い求めているうちに、どんどんスカスカになっていくのだけど、その世界のなかにどっぷりといると、わからなくなるような気がします。
 そういう意味で、「モノクロ」と向き合い、陰影だけで物事の本質を感じ取る機会を残しておくことが大事だと私は思うのです。
 モノクロとじっくり付き合っていると、微妙な色の変化や階調にも敏感になるような気がします。つまり、彩がわかるということですね。そうした感受性は、人付き合いなどにおいても大事なことだけど、「艶やかなカラー」ばかり氾濫するようになると、微妙な綾に鈍感になって、殺ぎ落とされていく。
 一人の人間の情報処理能力は、昔と比べてそんなに増えているとは思えません。
 それゆえ、横広がりの刺激の強さばかりが増えていくと、それらの微妙な階調や奥行きまで受容できませんから、切り捨てていくことになると思います。結果的に、平面的で、階調のないのっぺりとした光景が広がる。
 私たちが生きている社会の殺伐感はそうした結果ではないかと思うのです。
 にもかかわらず、そうしたスタンスで世界と付き合うことだけが当たり前になってしまうと、そのことすらわからなくなる。
 蛍光灯で部屋のなかをめいっぱい明るくすることが、ろうそくの微妙に揺らぐ光よりも豊かであるというのは、豊かさの概念において、ここ200年のバイアスがかかったものでしょう。

 それが当たり前だと感じているうちに、平面的に明るく照らし出された世界のなかに、わけのわからない平面的な新しいものがどんどん増えていき、賑々しい軍艦マーチが鳴り響いて、その麻痺感を昂揚感に変えてカムフラージュします。

 家電量販店などは、その典型でしょう。煽られるように新しい電気商品を買い換えて物ばかり増えていくのですが、豊かになっているという実感はあまりない。

 ふと立ち止まって、そうした現象の過剰なまでの加速を抑制するためにも、モノクロの奥行きと機微に触れる機会は大事だと思います。
 カラーに機微がないということではなく、時々リセットしなければ、それが見えなくなるような気がするのです。

 そこに写しだされている物事そのものよりも、その背後のものを強く感じさせるのが、モノク ロ写真の魅力だと思います。

 それゆえ、その魅力を知ることで、目に見えているものだけで全てが決まるという今日的価値観の坩堝と少し距離を置く間合いがつかめるのではないかと思い、媒体での露出を多くしたいと思っています。

 実際に編集の仕事をする時は、そこまで頭で色々考えるのではなく、直観で美しく素晴らしいと感じたものが、たまたまモノクロであるというだけで、その感覚に素直に従っているまでですが。

2008年3月14日 (金)

第9回  「綺麗」な写真と、「風狂」な写真

 写真を見ていると、「綺麗」な写真と、「綺麗」という言葉が簡単に出てこず、「美しい」という言葉が出そうで出ない、何とも言えない複雑な気持ちになる写真がある。
 「綺麗」と口に出る世界は、既に自分の「意識」のなかにあるものだ。その存在の仕方は、自分の「意識」にしっかりと根をおろしており、見なくても既に充分にわかっていることが多い。
 私たちは、自分の「意識」の領域に縛られて生きているが、「意識」だけが自分の世界ではないことを薄々知っている。「意識」は、氷山で言えば、水面より上の部分だけであろうと。しかし、私たちは、水面下に隠れている氷の部分を、自分で意識して見ることはできない。
 でも、外から何かしらの「出来事」が関わってくる時、その「出来事」と呼応することで、私たちは、自分の意識の水面下に、何かしら存在していることを知ることがある。
 その「出来事」は、社会で直面する出来事だけでなく、表現された作品によって、もたらされることがある。
 そのように「出来事」と出会うことが、自分にとってリアルな「体験」となる。
 意識の上の部分、つまり既に意識的にわかっていることは世の中に溢れており、それらに触れれば触れるほど、「意識」のなかは満杯状態になって息苦しくなり、自分を突き動かすようなリアルな体験が欲しくなる。つまりそれは、自分の意識の水面下に対する「出来事」の到来を待っている状態だということだろう。
 具体的に「写真」で言うならば、たとえば「自然写真」を見る時、「綺麗ねえ」ではなく、「ええっ、こうなっていたんだあ」と感銘をおぼえるようなものが、自分にとって「出来事」になる。
 「ええっ、こうなっていたんだあ」と思わせるような作品は、奇をてらって目先を変えるだけで撮れるものではないだろう。といって自分にとっての「ありのまま」で撮れるものでもない。
 「ありのまま」という言葉は、よく良い意味で使われるが、疑問を覚えることが多い。自分にとっては作為がなく「ありのまま」であっても、それは自分が世間の価値観に操作されていることに無自覚なだけということが多いからだ。
 つまり、実際には「何も考えていない」だけでなく、「何も感じていない」状態であるのに、「ありのまま」などと簡単に言うことが多いのだ。
 世間の価値観の操作からまったく離れたところで、「ありのまま」の境地に到ることは簡単なことではないだろう。相当な負荷をかけた鍛錬が必要だと私は思う。
 自分が無自覚になっている先入観を殺ぎ落とし、それこそ本当に「ありのまま」で対象と向き合えば、意識の水面下のものが現れるかもしれないが、それは、意識的にできることではない。
 それを可能にする一つの方法は、意識を忘れるほどの深いコミットだと思う。その深さは、常人からすれば、”気狂いじみたもの”であるように思われる。
 ”気狂いじみた”コミットから生まれるものは、”意識”の水面下にあるものに届く。その”気狂いじみたあり方”は、人それぞれであり、普段の生活では普通だけど、そのことについて関わりだすと、空間が歪むように普通ではなくなるという人もいる。
 自然との関わり方、人との関わり方、写真との関わり方など、人によってそれぞれだが、この社会には、”意識”の上を撫でるようなものが溢れすぎていて、その水面下の”気狂いじみたもの”があまりにもないがしろにされていると私は感じている。
 既にたくさんあるもののを次々に増やしていけば、世界はその狭い意識部分に限定されていくばかりであって、とても窮屈になり、呼吸が苦しくなる。
 現代社会は、「意識上のもの」と、「意識下のもの」のバランスが悪く、それがゆえに、様々な歪みが生じているのだと私は思っており、意識の水面下に向かって、ぐんぐん足を踏み込んでいく人たちを、私はとても頼もしく思っている。
 その”頼もしさ”は、世間の価値観のなかでの”頼もしさ”とはまったく異なっている。言いかえるならば、「世間的な意識」の枠組みから外れて、「孤高の厳しさ」を受容していることがヒシヒシと伝わってくるものを、私は心から凄いなあ思う。
 それを行っている当人には、その意識はないだろう。当人にとっては、それが当たり前の、それ以外のあり方は考えられない、”ありのまま”の状態だろうから。
 もしかしたら、それを、”風狂”と言うのかもしれない。私が「風の旅人」で掲載したいと思う写真は、”綺麗”なものではなく、どちらかというと、”風狂”なものが多いかもしれない。

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